鳥籠からの脱然 「いつまでそうやっているつもりだ?」 呆れ声に溜息を交えて、ルルーシュは視線を横に流した。 受け手は部屋の隅に居る少女。そこにはささやかな鏡台があり、小一時間ほど前から少女は鏡と睨み合いを続けていた。 一体どういうつもりだ・・と、ルルーシュは再び溜息を零す。 自らの寝室に鏡台があること自体がいまだ信じられないというのに、これまで容姿や身なりに全く興味を示さなかった少女が熱心に鏡を覗き込んでいる姿は それこそルルーシュにとって目を疑うような光景なのである。 しかし次の瞬間には鏡越しに少女と視線が合う。 虚像の少女はルルーシュを見止めると妖艶な笑みを浮かべた。 「なんだ、この躯がそんなに気に入ったのか?」 まるきり小馬鹿にしたような言い方に、ルルーシュは思いきり眉根を寄せた。 彼が待っているのは少女ではなく、消灯だ。疲れているのならともかく、煌々と灯りが点いている空間で安穏と眠られるほどルルーシュの神経は 頑丈に作られていないのだ。 しかし何より腹が立つのは、少女がルルーシュの真意を理解していながら揶揄ったことである。この手のやり取りに耐性がない分だけ、彼の不快感は募った。 だが、反論するのも莫迦らしくなったルルーシュはあっさりと少女から手元へと視線を戻した。 手元の日記帳は書斎の奥から発掘してきたもので、第74代目ブリタニア皇帝による手記だ。こんなものがアリエス宮の書斎に眠っていた経緯は不明だが、統治者としての 考えだけでなく日々の苦悩も綴られているそれは、ルルーシュにとって非常に興味深いものだった。少なくとも、鏡との睨めっこを延々と続けている少女よりは。 加えて、なかなかに多忙な生活の中で読書に充てられる時間は就寝前の少しの時間に限られていたから、ルルーシュはここぞとばかりに古ブリタニア語の羅列へと 意識を傾けていく。 室内の灯りが断りもなく落ちたのである。 停電ではない。重厚なカーテンの向こうでは星が冴え渡っているし、何より枕元に置かれたシェードランプは淡い橙色の光で懸命にルルーシュを照らそうとしているのだ。 停電であるはずがない。 「 予想外の仕打ちに耐えかねたルルーシュは、そのままの体勢で口端を引き攣らせた。怒りよりも呆れが先行しているのだが、それでも抗議の声だけは上げようとする。 ベッドに投げ出した膝の上に、明らかな重みを感じたからである。 「幸せなことに、私は不老不死じゃなくなったんだ」 悪戯めいた軽やかな声とともに、膝の上にあった重みは腿へと移動する。するりと首に絡まった白い腕に促されてルルーシュが顔を上げると、少女は勝ち誇ったように 彼を見下ろしていた。まるで、普段とは形勢逆転している位置関係を楽しんでいるかのように。 しかしルルーシュの方は面白くもなんともない。不快感こそ感じていないが、読書を中断させられた不満はある。それを隠しきれないところがルルーシュの素直な ところであり、子どもっぽいところでもあった。「・・・それで?」と尋ねる声に棘が生える。 だが、少女は澄ました顔を崩すことなく答えた。 曰く、お前のために努力してやっているということを頭に入れておけよ?、と。 「・・・・・・は?」 今度こそ言葉の意味すら掴めなくて、ルルーシュは間の抜けた声を漏らした。鏡との睨めっこが何故ルルーシュのためになるのか理解できなかったらしい。 少女の瞳を見つめる光彩に探るような気配が加わる。 一方、一部始終を間近で観察していた彼女はふわりと笑みを強めた。 小首を傾げる様子は無垢な少女さながらだ。 「侍らせるなら、綺麗な女の方がいいだろう?」 しかし、その言葉を聴いた瞬間にルルーシュは呆れ返った。 どれだけ見目麗しい女でも中身がお前では形無しだろう、と。 厚かましくて、秘密主義で、怖いもの知らずで、人の言うことなんて聞きもしない。それでいて傷つきやすくて、実は寂しがり屋。目の前に居る少女は 深く考えるまでもなく非常に難解な女なのだとルルーシュは思っていた。 それでも逆に中身がこの少女でないと、どれだけ見目麗しい女でも意味がないのだ。 笑わせてやりたいと強く思ったのは彼女が彼女だったからで、難解なところも含めて惹かれたのだと今ならルルーシュは認めることができる。 ゆえに彼女が彼女である限り手放すことはないし、容姿を気にすることもない。 だからある意味不名誉な思い込みに反論しようとして、しかしルルーシュは言葉を飲み込んだ。 ここ最近ピザの消費量が格段に減った理由をようやく理解したからである。いや、別にピザを食べさせたくないわけではない。 だが少女の言う“努力”によって必然的に向上するであろう健康面を考慮すると、あえて彼女の士気を下げることにメリットがないと気付いたのだ。 彼女はもう“魔女”ではなくなったのだから。 「・・・いつまで続くか楽しみだな」 だから反論の代わりにぐいと唇を歪めて嗤ってやると、少女は彼の挑発に乗らず殊更高慢な笑みを強めた。 ルルーシュはその優位性を覆すために、今度は少女の後頭部に手を回して引き寄せる。 拍子抜けするくらい従順に従った少女の、ふっくらとした小さな唇。 角度を変えて何度も重ねる度に接触時間が長くなって、挑発されたのはむしろ自分の方だったのかもしれない・・とルルーシュは内心で舌打ちをした。 しかし、すべては後の祭りである。 心地良い弾力を唇と舌で余すところなく堪能しながら、胸中が露顕しないように固く瞳を閉じる。 やがてくたりと体重を預けてきた少女の肌に、ルルーシュは手探りで指を這わせた。
『鳥籠からの脱然』 たまには夫婦らしくても 2008/ 9/ 4 up 2008/ 9/22 一部改変 |