生きている、ということ






 この日、めずらしいことにルルーシュはベッドで微眠んでいた。
 夕食を済ませ、シャワーも浴びたのだから本当に寝てしまっても特に問題はないのだが、予定していた雑事を後日に持ち越すことを良しとしないルルーシュは、 とろとろと蕩けていくような心地良さの中で意識の浮き沈みを繰り返していたのだ。
 何か特別なことをしたつもりはなかった。           いや、明け方近くに神楽耶からの緊急通信で叩き起こされた、それが祟ったのかもしれない。 しかし、ゼロとして活動していた頃は不眠不休に近い生活をしていたのだ。それに比べたらたった今日一日限りの、しかも午前4時から3時間ほど神楽耶の相談相手に なった程度で身体が休息を求めるとは考え難いというのに。
 混濁する意識の片隅で、ルルーシュは考える。


 しかし、最終的な結論に達する前にルルーシュは息苦しさを覚えて現実世界に帰還した。


「・・・・・」


 胸を圧迫される奇妙な感覚。不自然な重み。
 ルルーシュは重い瞼を押し上げて、極力顎を引いた。視界に入ったのは翠と、白磁と、琥珀だ。それらを認識した瞬間、ルルーシュの全身から力が抜ける。


「・・・どうした?」


 ルルーシュの真横から身体を倒し、胸に耳を押し当てるような恰好で少女は彼を見つめていた。
 琥珀色の瞳がひたむきな光を放つのはいつものことだが、一瞬だけ見えた少女の貌が儚さを含んでいたことに気付いたルルーシュは、少女の下敷きにならなかった 左手でその小さな頭を撫でる。
 鮮やかな翠の髪はひんやりと涼を含んでいた。少女もシャワーを浴びてきたのだろう。髪が完全に乾ききる直前でタオルを放り出してしまう、彼女の悪い癖だ。 内心では眉を顰めながらも、しかしルルーシュは優しく少女の頭を撫でる。
 すると、安心したのだろうか。
 少女は小さく息を吐いて、やがてそっと瞳を閉じた。


「・・・・生きて、いるな」


 とくん、とくん、と命を紡ぐルルーシュの音に耳を寄せて、少女はぽつりと零す。
 呟きの内容は “今更確認しなくても” と思えるようなことで、現にルルーシュはそう思った。しかし不思議なことに、彼は妙に得心もできたのだ。


 どこまでも死から遠かった少女と。
 だれよりも生を狙われていた少年と。


 この二人が今ここで静かに身体を重ねていることが、奇蹟、だから。


 ルルーシュは手を止めて、再び少女の顔を覗き込んだ。
 あまりに静かすぎる少女を心配しての行動だったのだが、彼女はいつのまにか泡沫の世界に旅立ったようで、穏やかな寝息を立てていた。 あどけない寝顔は可愛らしばかりで、本当に害がない。
 苦笑しながら、ルルーシュは胸の上の小さな頭を腕の中に移動させた。いくら小さくても、完全に脱力した人間の頭部は重いのだ。翌朝の腕の痺れと 胸部圧迫による寝苦しさなら、ルルーシュは腕の痺れを選ぶ。明日一日を睡眠不足の状態で過ごすのは避けたかった。
 華奢な身体を抱えなおして、潔く目を閉じる。雑事は明日まで延期させることに決めたのだ。腕の中にある柔らかさに絆されて、意識は急速に遠のいていく。


         おやすみ、と。


 ふわふわとした甘い世界の片隅で、ルルーシュは優しい囁きを聴いた気がした。












『生きている、ということ』


たまには、のんびりと




2008/ 8/27 up