学生パラレル その1.144+0.856 「ったく、なんで俺が・・」 ボタンを押すたびにピ、ピ、と悠長に返る無機質な電子音にすら神経を逆撫でされる。 寮の談話スペースに設けられた自動販売機。 最後に開始ボタンを押すと、それまで寡黙だった鉄の箱はガタガタと呻きはじめる。 自身の嗜好とはいささか距離を置いた選択だけに周囲に人気がないことを再三確認してしまい、そんな自分にルルーシュは眉根をキリキリと寄せた。 C.C.がそんなことを云い出したのはつい先ほどのことである。 突然も突然、なんの前触れもなくムクリと起きたC.C.の開口一番だった。 丁度そのとき夕食の時間が迫っていることに気付いたルルーシュがC.C.を女子寮に帰そうと、その薄い肩に手を掛けた矢先の発言だったものだから、まだC.C.が寝ていると思い込んでいたルルーシュは、云われた内容よりも揺すり起こす前に起きたC.C.に意味もなく動揺してしまったのだが。 もちろん、チョコレートに続く唐突な催促に青筋を立てたのは云うまでもない。 しかし・・・・・ 「自分で行ってもいいのだがな。この階にもあるのだろう? ・・自販機」 平然とした貌のC.C.が、男子寮を歩き回ると仄めかして。 そのままベッドを抜け出してドアに向おうとしたものだから、冗談じゃないと慌てて引き止めた結果、ルルーシュがココアを調達することになったのだ。・・・・・調達と云っても、寮備え付けの自動販売機まで行ってくるだけなのだけれど。 しかし女子寮の自動販売機にココアがないわけでもないだろうから、女子寮に戻って飲めよ、と思わないこともない。 さすがは高い寮費を請求しているだけあって、各階の談話スペースに設けられた自動販売機はフリーベント式だ。紙コップ入りの安っぽい飲料だが、金が要るわけではないのだから、自分の部屋に戻るついでに淹れていけばいいものを。 「・・・世話の焼ける・・っ」 作業終了を知らせるブザーに合わせて紙コップを取り上げると、ココア特有の絡みつくような甘い香りが辺りに広がった。 それもそのはず、ルルーシュがクリームも砂糖も最少にしたのである。 頼まれたわけではない。ただ、ピザばかりを偏愛するわがまま女は甘いものが苦手なんだろ、という厭味を込めただけだ。 「・・・・・・・」 それでもなお甘い香りを放つココアに、いっそ塩でも入れてやろうかと本気で考えて、しかしすぐに思考を改めた。 食堂まで行くのが面倒だったし、移動している間にココアが中途半端に冷めることも引っ掛かる。 しかし何より、過度の嫌がらせはかえって相手に尽くしているようだ、と ( だれがピザ女などに、と、ルルーシュは部屋に足を向ける。 ココアから立ち上った湯気が螺旋を描いては消え、甘い香りを残していくことについては、もう完全に頭から締め出していた。 案の定、C.C.はココアの到着を待ちわびていた。 理不尽にも「遅い」とダメ出しを食らったが、そんなことはとうに想定済みだったルルーシュは差し出してくる手に黙って紙コップを渡す。手元から離れてようやく指先の痺れを意識して、ココアがまだ相当熱いことに思い至ったが、C.C.は内側の温度を正しく理解しているようで、ふぅーふぅーと息を吹きかけてココアを冷ましていた。 くるくると双子の渦を巻きはじめるココアの表面。完全に混ざらなかったクリームと思しき白色が細く帯になり、より鮮明に渦の形を浮かび上がらせるから、それが丸みを帯びた不細工なハート型に見えてしまい、ルルーシュの眼を釘付けにする。 「・・・・・・・甘くないぞ、ルルーシュ」 ココアを一口含んだC.C.は、不満いっぱいの貌でルルーシュを睨めつけてきた。おまけに紙コップをずいと差し出してくる始末。 胸の内では「当然だ」と返しながらも、ルルーシュはわざとらしく肩を竦める。 「なんだ、甘いのがよかったのか?」 「当たり前だ。しかも薄い」 「文句があるなら自分で淹れるなり買うなりすればいいだろ、わがまま女」 「ふん、ココアも満足に用意できないとは呆れた坊やだ」 C.C.はそこで言葉を切って、もう一度ココアに口をつけた。 しかし二口飲んで嫌になったのだろう、不満げな表情のままルルーシュに紙コップを押しつけたC.C.は、「お前、味覚は大丈夫か?」などと失礼なことを云い残して踵を返した。 窓を開け放って、ひらりと飛び降りる。 C.C.が芝生に着地して、何事もなかったように歩き始めたのを確認してから、ルルーシュは大きな溜息とともに窓を閉ざした。 ルルーシュが使っている監督生用の一人部屋をC.C.がいたく気に入っていることは、ルルーシュもよく知っている。 しかし、ここはあくまでルルーシュの部屋であり、男子寮なのだ。ルルーシュ以上に堂々とベッドを占有するのはどうかと思うし、万が一見つかったりでもしたらそれこそタダでは済まないだろう。 賭けチェスで帰りが門限を過ぎたときのことを想定し、自室の窓のみいつ開閉しても警報が鳴らないようセキュリティシステムに細工を施したのがそもそもの誤りだったのかもしれない。 ルルーシュも出入り自由だが、余計な女までもが出入り自由になっている。 出入り用の窓を一階通路の適当な窓に変えようかなどと考えながら、何の気なしに紙コップに口をつけたルルーシュは、すぐさま貌を顰めた。 ココアというよりココア色のお湯と表現するのが正しいのではないかと疑ってしまうくらい味が薄いし、当然のことながら風味も悪い。砂糖の量を最少にしただけあって甘くもないので、不味いとしか云いようがなかった。 しかし、むしろC.C.がよく我慢して三口も飲んだものだと感心してしまったものだから。 まだ紙コップに半分ほど残っているココアを捨てようにも捨てられなくなってしまったルルーシュは、覚悟を決めて残りのココアを一気に飲み干した。 次の日の放課後、寮に戻ったルルーシュは頭を抱えたくなった。 今日は生徒会室にも寄らずにまっすぐ戻ってきたというのに、どうしてC.C.がすでにベッドで寛いでいるのだろうか。 「おかえり、ルルーシュ」 「・・・、・・・・」 しかし思い返してみて、まっすぐでもなかったことに思い至る。 リヴァルがどこからか調達してくれた3つの紙袋に収まりきらず、バランスゲームを思わせるような状態で両腕に抱えているチョコレートの山。これらはすべて製菓業界の陰謀に乗せられた女の子たちから押し付けられたバレンタインの贈り物である。 寮に戻る道中でも至るところで呼び止められたので、すっかり遅くなってしまったようだ。 とりあえずデスクに嬉しくもない戦利品を下ろせば、上のほうに積まれた箱が二、三個ほど床に転がり落ちる。それらを仕方なく拾っていると、不意に手を取られて何かを乗せられた。 温かい 「・・・・どういう風の吹きまわしだ・・?」 突然すぎる差し入れにルルーシュが訝しそうな視線を投げるとC.C.は今にもベッドに潜り込むところで、ちらりと振り返ったその貌は見事に可愛げのない無表情だった。 「最低でもこの程度でなければココアと呼べないぞ」 その言葉にルルーシュがムッとしたのは云うまでもないが、しかしまだ充分に温かいミルクココアを無碍にできないのがルルーシュという少年の人の善いところである。おそらく学園の有料自動販売機で買ってきたのだろう、見掛けはするけれど決して自ら買い求めたことのなかった缶を開け、中身を一口含んだ。 もちろん一級品の純ココアパウダーを丁寧に練って作ったココアと比べ物になるはずもないが、それでも昨日のココアとは雲泥の差である。 しかし、それにしても 「 舌が痺れるような甘さに、思わずありのままの感想が口を吐いて出ていた。 しかしC.C.は枕に顔をうずめてすっかり寝入っているため、まったく反応を返さない。 お前は一体何のためにここへ来たんだ、と揺すり起こして問いただしたい衝動に駆られる一方で、もう勝手にしろ、とルルーシュは投げやりな気持ちになる。 再度、ココアを口に運んだ。 ココア特有のまろやかな口当たりとホッとするような味わいがルルーシュを癒やす。・・・が、甘ったるさがいつまでも口に残ってしまい、あまり次が進まなかった。 よほど疲れているときでさえ、全部飲み干すのは難しいのではないだろうか。 「・・・・・甘すぎるだろ・・」 2010/ 2/13 up |