学生パラレル その1 「ルルーシュ、チョコ」 そんな、最低限にも満たない要求の言葉に、名指しされた少年は眉をつり上げた。 差し出しているのならばともかく、要求しているのだ。食べたい、でもなく、ほしい、でもない、本当に単語のみでの言葉で。 「ない」 だから少年は手短にそう切って捨てた。 ちなみに、チョコレートを欲している若葉色の髪の少女はベッドに寝転がり、チョコレートを提供するはめになりそうだった黒髪の少年は生徒会の雑務処理のためパソコンとにらめっこ中だった。つまり糖分補給の観点から考えれば、むしろ少年の方がチョコレートを必要とする場面だったのである。だからこそ募る苛立ちもあったのだろう。 ・・・余談になるが、どちらかといえばルルーシュは気が短い方なのだ。 しかし、C.C.は顔色ひとつ変えない。機嫌の悪いルルーシュには十分すぎるほど慣れているし、もとより彼女はあまり物事に動じない性格だった。 「だが、無駄に甘ったるいチョコは嫌いだろう? もったいぶる必要はないぞ」 「・・・・・確かに好んでは食べないが・・・あいにく手持ちがないんだ。やりようがない」 ルルーシュは手元の資料から視線も外さず答えた。面と向かって話さないことはよくあることである。だが、その3秒後にルルーシュはC.C.の方へ向き直った。答えた刹那にC.C.の眼差しが大きく変化したからだ。 主成分を端的に表現するならば、 そんな屈辱的な眼差しに、プライドの高いルルーシュが気付かないわけがない。 「・・・・・・この生温かい視線は何だ・・?」 「いや。不憫だな、と思っただけだ」 「だから、どういう・・」 「バレンタインにチョコひとつもらえないなんて、不憫以外の何物でもない」 あぁ、お前のチョコを当てにしていた私が愚かだった、と嘆きながらC.C.はベッドに顔を押しつける。その所為で声が聞き取りづらかったことや、そのベッドがルルーシュのものであることは、今、彼にとって二の次になっていた。 呆れるべきか、不名誉な発言に即反発するべきか。 「・・・判っておくが、今日は13日だぞ。一日早い」 結局、くだらない思考は中間に落ち着いたのだが。 「知っている。だが、昼に試食させてくれた者が何人かいたんだ。だから一日早く渡す者も・・」 「いるはずないだろ。莫迦か、お前」 ルルーシュはイベント事にまったく興味はない。 が、イベント事は決まった日にするからこそ意味があることは理解している。 一方、C.C.もルルーシュと同じように理解はしているものの、今はチョコレートを食べたい欲求の方が大きかった。だから淡い期待を抱いて容姿だけは淡麗な彼に尋ねてみたのだが、結果は惜しくも惨敗だった。憐みの視線を投げてしまったのは腹癒せではなく、無意識でのことだ。いつもの調子で会話をしていたからかもしれない。本当に、無意識は恐ろしい。 「・・・・チョコ」 それでも、C.C.は諦められなかった。 試食したのならそれで満足しとけ、とは声に出さなかったが、普段はピザくらいにしか執着心を見せないC.C.の意外な一面に、ルルーシュも呆れと困惑が半々だ。・・・尤も、せがまれたところでチョコレートを買いに行くなんて、そんなチャレンジャーなことは絶対にしないけれど。 「そんなに食べたければ自分で買いに行けばいいじゃないか」 絶対に実行されることがないと知りつつ、至極尤もな提案をしてみる。 すると案の定、C.C.は「いやだ」 と一蹴した。 「そんなことしてみろ。必ずだれかに目撃されたあげく、明日は質問攻めだ」 ぽつりと愚痴を零したあとは本格的に何もすることがなくなったのか、C.C.はそのまま沈黙する。こうなると周りの人間が何を言っても動かないのはルルーシュのよく知るところであって、彼は小さな溜息で気分を切り替え、手元の資料に目を通し始めた。 C.C.という少女は、なぜか学園内で一・二を争うほどの人気がある。 人形のような愛らしい容姿であることは間違いないのだが、しかし、性格も愛らしいのかといえば、実際のところは真逆だ。 本物の人形顔負けの無表情に、笑わない瞳。澄んだ声は凶器のような毒舌を運び、同時に彼女が遠慮というものを一切知らない人間であることを声高に宣言する。その所為か、はたまた性質なのか、まさに一匹狼のような少女だった。 しかし、その性格を知ってなお彼女を慕う者が多いのも事実だった。飾らない淡白な性格は女子にも好かれているし、恋の駆け引きを知らない年頃の男子にとっては女らしい女よりもよほど親しみやすいのだろう。逆に、自分にだけは甘えてくれるのではと淡い期待を抱く莫迦な男もいるらしい。 とにかく、C.C.がバレンタインの前日にチョコレートを購入したとなれば、周りが騒ぐのは目に見えていた。たとえそのときにはC.C.がチョコレートを完食済みであったとしても、だ。 (莫迦莫迦しいな・・・) こんな女のどこがいいのやら、とルルーシュが横目でC.C.を捉えると、細い身体が穏やかな呼吸を繰り返していた。どうやらC.C.はそのまま眠ってしまったらしい。 静かなのは大変喜ばしいことのはずだった。しかし、制服のスカートからすらりと伸びた脚の、内腿の白さにルルーシュの眉根が寄る。 「制服のままで寝るなとあれほど言ったのに、こいつは・・・」 こんな女のどこがいいんだ、と再度呟きながら、ルルーシュはベッドの隅に追いやられていたブランケットを無造作に引っ張り上げた。 窓の外では、空が茜色に染まり始めている。 甘い期待に浮足立つ世間とは違い、夕焼けの鮮やかさとふたりの時間の流れだけは、いつもと変わらなかった。 2008/ 3/20 up |