永遠に続くかと思われた黄昏は、じきに宵を迎える。


 無限の闇は死の象徴にして、再生への布石。
 ふたたび昇る陽は復活の象徴にして、終焉への序章。


 思考エレベータは来るべき日まで沈黙を保ち、剣への道は閉ざされる。




        ここに、ラグナレクの接続は完了した。









   その未来さきを掴めば










 C.C.の視線の先には “壮大” と表現するに相応しい景色が広がっていた。
 思わず眼を疑うほどの大きさをもつ夕陽がじりじりと沈んでいく。たとえそれを惜しいと思ったとしても、C.C.に止める術はない。 だから彼女は正面を見据え、ただ静かに佇んでいた。
 一体どれくらいの時間が流れたのだろうか。
 夕陽ときっちり足並みをそろえた周囲が薄暗さを増し、C.C.の背後にのびた影法師の成長が止まろうとしていた、その時のことだ。 それまで少女一人きりだった異空間に新たな気配が一つ加わり、やがて彼女の隣に並び立った。しかし、C.C.は微動だにしない。


      C.C.」


 空気を震わせた声は、低い。彼女のよく知る、共犯者の声だ。もっとも、声を聴くまでもなくそれがルルーシュであるとC.C.には判るのだけれど。
 やはり夕陽から眼を逸らさずに、C.C.は「なんだ」 と答えた。


「・・当初の計画とは大幅にずれたが、俺の願いは8割ほど叶えた。だから・・・・いい加減、お前も願いを明かしたらどうだ」


 少女のそっけなさも相変わらずだが、少年の尊大な言い方も相変わらずだ。
 C.C.が隣を見上げると、ルルーシュは正面を見つめていた。夕陽に照らされた顔は赫く染まり、紫の瞳は眩しそうに細められている。 その、一見すると無表情を保つ横顔が、しかしC.C.からは死を覚悟し、甘受しようとしている男の顔に見えた。
 明確な意図もなく、少女の顔に薄い笑みが浮かぶ。
 C.C.は今この瞬間まで共犯者に己の願いを告げたことがなかった。だからルルーシュはその明晰な頭脳を活用させて無駄に考えを巡らせていたのだろう。彼女がなぜ 黙秘を貫くのか、その点を考慮すればおのずと候補は絞られるのだから。


(だが・・・残念だったな)


 C.C.は琥珀色の瞳を一瞬だけ彷徨わせたが、しかし身体ごと少年に向き直り、ふたたび彼の瞳を見つめた。 改まった姿を見せる少女に気付き、彼も彼女に対峙する。
 やがて、少女の唇がゆっくりと音を紡ぎ始めた。


「契約は果たされたも同然だ。だからお前にこれ以上なにも求めはしないよ」
「・・・・どういう意味だ」
「そのままの意味に決まっているだろう」
「っ、だから   
「ラグナレクの接続が終わった。Cの世界も閉じる。だから・・・」


        世界に縛られる必要がなくなったのさ。
 そう言って微笑んだ少女は突然、あわい光に包まれた。


「C.C.!?」


 少女の姿が霞む。思わず腕を伸ばしたルルーシュは、しかし途中で動きを止めた。光の粒がまるで吸い寄せられるかのように、旻へと昇っていったからだ。
 ルルーシュにはその薄翠色の光に見覚えがあった。ギアスを手に入れた、あの日。途中放棄されたビルに突っ込んだトラックの上に見た光と同じだったのだ。 あのときはリヴァルに確認する時間もなく、直後に起こった非日常の連続のせいで全てが曖昧になっていたのだが・・・確かに今、ルルーシュの瞳は光の蹟を捉えていた。ただひとつ あのときと異なるのは、光の粒が集まって容を成したのではなく、逆に拡散しながら旻に消えていったことだけ。
 発光体の正体を探るように、ルルーシュは眼を凝らす。
 そんな彼の心境を見透かしたのか、少女が真実を伝えた。


「あれが・・・C.C.だ」


 呟くような、震えるような、溜息で掠れたちいさな声は、平素の彼女と違ってひどく弱々しい。その、あまり聴くことのない声色もさることながら、 理解の範疇を超える話の内容について追及しようとルルーシュは口を開いた。
        しかし、次の瞬間にはそれすらどうでもよくなる。


 彼の瞳が捉えたのは、見知らぬ少女だったのだ。


 金味を帯びた淡いミルクティー色の髪と翠がかった水色の瞳は、かの魔女を連想させる色彩ではない。もちろん姿形や服装はC.C.なのだが、 ルルーシュの目の前にいるのはC.C.ではなかった。鮮やかでありながら冷たさが拭えなかった人形のような女ではなく、確かに人間の少女だったのだ。
 言葉を失ってから一拍遅れて、ルルーシュは悟った。この少女こそが魔女の裏側に隠されていた儚さの正体、秘められた名をもつ存在なのだと。


「これがお前の願い・・だったのか・・?」
「・・・・・・・・そう、だな」


 C.C.という制約からの解放。それこそが、孤独を纏った少女の願い。
 だが・・・


「・・・それで、お前はこれからどう生きる?」


 未来を訊く彼の言葉に、少女の眉がぴくりと反応する。
 これからのことなど、彼女は考えていなかった。不老不死の“魔女”という自分を終わらせたとき、この世界から消えるだろうと予測していたからだ。
 Cの世界に取り込まれるのではないか、と。
 普通の人間に戻ったところで何百年以上もむかしの身体が機能するとは考えられなかったし、 亡骸すら残らなくても不思議はなかった。だからこそマオに『Cの世界で待っていろ』と言えたのだ。
 しかし、魔女の力を失った少女は今、ここにいる。ルルーシュの前に、立っている。
 嬉しいような哀しいような、とても複雑な感情が彼女の中で渦巻いていた。     いや、戸惑いが一番強いのかもしれない。 ふいに自身の色を取り戻した少女は、開けてしまった世界の前で立ちすくんでいる。沈黙しか返せない。
 しかし・・・


        マオの弔いをしながら・・静かに暮らすのか・・?」


 寡黙な彼女に対して、このときの彼は饒舌だった。なにが彼を駆り立てているのか、少女には分からない。だから、言葉の意味だけを汲み取った。 返した言葉は、実感を伴わない「そんな暮らしも・・・いいかもしれないな」 という呟きだけ。
 だが、元魔女だった少女は心のうちで付け加える。弔うのはマオだけではない、と。
 ラグナレクの接続のために王の力を授けられ、壊れてしまった者はマオ以外にも大勢いる。屈強な男もいれば、まだ幼い少女もいた。気質が似通った者もいたが、 同じ人物は決していない。長く生きればそれだけ記憶は摩耗する。それでも彼らの記憶だけは魔女の歴史とともに心の中に刻まれていた。刻みつけて、いたのだ。


「・・・私は・・」


 もうこれ以上だれとも接することなく
 だれの記憶にも残ることなく
 この世界から隔離された大勢の者たちに、今度こそ心からの祈りを捧        ・・・






「お前らしくないな。あぁ、実にお前らしくない」




 俯く少女の上に突然、わざとらしく演技的な声が降ってきた。彼女の思考が中断する。伏せていた眼を押し上げると、 どことなく不機嫌そうな男が彼女を見つめていた。


「遠慮の欠片もなかったお前が、いまさら質素堅実でしおらしく生きていけるとは考え難い」
「・・・それがどうしたというんだ? 晴れて契約は果たされた。これで私とお前    
「確かにお前の願いは叶ったようだが、俺は俺の願いを完全に叶えたわけじゃない。創造の前の破壊が終わっただけだ。やさしい世界はこれから作る」
「だから、私はもうC.C.では    
「関係ない。俺はお前に言っているんだ」


 そう言い切った少年は、まっすぐに少女の瞳を捉えたまま、そっと彼女の名を紡いだ。
 優しく、穏やかに      けれどそれ以上に甘く、艶やかに。
 少女ははっと目を瞠る。


「余計なことは考えるな。お前は俺の傍にいればいい」


 言いながらルルーシュは右手を差し出した。あの夜、C.C.から求めた再契約の証のように。
 しかしあのときと決定的に違うのは、彼の掌が上を向いていることだ。それはまるで、淑女に手を差し出す紳士のような。 そんな、偉そうな言葉とは裏腹の、恭しい態度。それは一見すると矛盾しているようで、しかしどちらも彼の本質であると少女は知っている。
 それでも彼女は迷っていた。ルルーシュは情に厚いが、同時にシビアなところがある男だ。 利害関係しか結んでいなかった存在を再び抱え込むような真似をする理由に、いまいち自信がもてない。
 だから、慎重になる。


「・・・・・契約の期限は?」


 しかし、ルルーシュの態度は変わらなかった。少女が迷っているからこそ、彼は強い姿勢を崩さない。 促すようにさらに手を差し出し、そして偉そうに言い放った。


「もちろん、俺の気が変わるまで、だ」


 紫の瞳はまっすぐに少女を射る。彼女が手を取ると、絶対的に確信している瞳だ。
 嫌いではない、と少女は思った。むしろ好ましく思う。
 最後まで未来を、そして彼女を見失わなかった瞳。それをどうして拒絶できるというのだろうか。
         だから、少女は心を決めた。理由なんて、単純なもので十分。好きか嫌いか、結局はそれがすべてなのだ。
 強張る身体をぎこちなく動かし、少女は彼の掌に小さな手をそっと重ねる。だが、彼女は今後のためにこれだけは言っておきたいと思った。 相変わらず女心の解らないヤツだ、と。


「・・・こんなときは嘘でも 『一生』 と言うものだ、莫迦者」


 不機嫌そうな貌を覗かせる少女を観とめて、ルルーシュは薄く笑った。色を忘れたと語った少女が、確かに色付いた瞬間を垣間見たのだ。 その意外性は心地よい。
 だから・・・


「お前、俺にこれ以上嘘を重ねさせる気か?」


 不敵な笑みを浮かべながら、彼は少女の華奢な手を握り込んだ。そして小気味よい返事が返る前に踵を返す。自らの世界に帰還するために。
 一方、完璧に不意を衝かれた彼女は引きずられるような格好で彼のあとに続いた。いろいろと不満は残るが、とりあえず離す気配のない彼の手になりゆきを 任せることにしたのだ。
 ふたりの間に沈黙が落ちる。
 しかし、今更そんな些細なことを気に病む関係ではない。


 繋いだままの手が暖かい、と、そう感じている。
 相手がこれならば無理難題でも掻い潜ることができる、と、そう確信している。


 それだけで、彼らは         ・・・

















fin.

















2008/ 4/26 up