今こそ、軌跡を紡ぐとき

act.6 お茶会へようこそ



 目が覚めると、室内は光で満ちていた。
 つい先ほど眼を閉じたばかりのように感じるということは、それなりに深く眠っていたのだろう。それでも気怠さが残っている身体を起こすと、 左手にさらりとしたものが触れた。
 髪だ       翠色の。
 シーツの上を緩やかに流れるそれを辿っていけば、こちらに背を向ける細い身体に往きつく。少し丸まった背と穏やかな呼吸から察するに、よく眠っているようだ。 アッシュフォードでの生活を思い起こさせる後ろ姿を見て、少しだけ苦い笑みが零れた。
 失ったものは山のようにある。
 むしろ手に残ったものの方が稀で、己の非力さを呪いたくなったりもする。だが、そんなことをしていても時間が無駄なだけで、世界は何も変わらないことを 俺はよく知っているから。
 だから俺は前に進むことを決めた。
 明日を、欲した。
 そして、この選択を意味のあるものにするために、俺は更に往かなくてはならないのだ。
 半ば無意識的に指に絡ませていた翠の髪をそっと放す。はらりと舞ったそれの落ち往く先を見届ける前に、俺はベッドから抜け出した。




 アリエスの保安システムを解除するついでに電気や水道、ガスを復旧させておいたから、シャワーを浴びる分には何も問題はなかった。 しかし当然のことながら食に関するものは絶望的なまでに欠けていて、さすがの俺も途方に暮れた。
 ・・・・まあ、調理器具に不足はない。問題は食材どころか調味料の類まで一切ないことだ。ここ数日は胃に何か入れる余裕もないほど追い詰められていたが、 精神的にも落ち着きを取り戻して、深く眠り、シャワーも浴びてすっきりとしたら突如として空腹感に襲われた。 だから久方ぶりに何か作ろうと思ったのだが・・・そうだな、こういうところには9年の空白を感じる。
 蜃気楼に積まれていた非常食を仕方なくひっぱり出してきてダイニングルームの卓に着いたところでスザクが現れた。
 思わず眼を瞠る。
 スザクが両腕に抱えた、おそらくVTOLに積まれていた非常食の量にではなく、あいつの格好に。


「おはよう、ルルーシュ」
「ああ・・・・お前・・その服・・・」
「部屋にあったの借りたんだけど・・ダメだったかい?」


 昨晩スザクがどこで夜を明かしたのか、図らずも明らかになる。
 あいつが着ているのは使用人用の黒いスーツだった。おそらく建物内を歩き回って使用人の居住区画に辿りついたのだろう。位置的には客間よりもそちらの方が 俺の部屋に近いのだから。


「いや、構わない。それより     
「あ、C.C.」
「・・・・ッ」


 スザクが気配に聡いのは昔からだ。そして、声を上げるタイミングを読まないところも。
 だが、その声に反応して大げさに振り返ってしまった俺も俺だろう。扉を開けたまま佇む女の姿が目に入る。


「おはよう」
「・・・ああ」


 スザクと短く言葉を交わすC.C.の腕には、こんなところまで後生大切に持ってきたぬいぐるみ。服装は・・・ベッドの中でみたときと変わらず、白のインナーだ。
 まったく、コイツは・・と舌打ちしたい気分になって、ふと思い至った。自らの格好に。
 アッシュフォード学園の制服      それが今の俺の格好だ。 離宮内を探せば他に着るものなどいくらでも出てきただろうが、それでも蜃気楼に積んでいた制服を選んだのは、単に着慣れているからだった。
        しかし、どうだろう。
 スザクは誰のものとも知れないスーツを着用し。
 C.C.は同じ服を着続けて。
 俺は・・・もう戻ることのない学園の制服に腕を通している。


 こうして見ると、まるで俺たちの本質を示しているかのようだ。


 君主を選ばず、裏切りの騎士とまで云われたスザクと、未来永劫変わらない時を刻むC.C.と、大切だったものの喪失に囚われ続けた俺の。




         スザク」


 テーブルの上に広げた非常食を見てC.C.と話している男の名を呼ぶ。俺と視線を合わせるのと同時に、スザクは表情をスッと引き締めた。
 そうだ。過去になど、戻れはしない。失われた命は、戻りはしない。
 だから        ・・・


「食事が終わったら、話の続きをしよう」




 ふと脳裏を過ぎったフレーズは、これからの計画に馴染む響きだと思った。
 この計画にスザクは反対するかもしれない。しかし最終的には理解して、協力してくれると分かっている。
 往くは、修羅の道。
 それでも・・・・・俺たちは決意した道を進むしかないのだ。












2010/ 9/ 1 up