今こそ、軌跡を紡ぐとき act.5 アリスは迷子 正直、呆気にとられている。 アリエスに足を踏み入れる前から疑問に感じてはいた。外回りは掃き清められているし、中に入ってみれば蜘蛛の巣ひとつ張っていない。 この城はシャルルのものだが、あいつはこの城にここまで執着していたのだったか、と記憶を探ってしまうくらいにアリエスは9年前の原形を留めていた。 ルルーシュの部屋までもが。 下のサロンはともかく、シャルルは子供部屋など絶対に用はないだろう。なのに、今日ルルーシュが来ることを予め知っていたかのようにあいつの部屋は整えられていた。 だから私は思ったのだ。 シャルルは確かに、ルルーシュのことも愛していたのだと。 この部屋は居心地が良い。 調度品は少ないが部屋の広さに対して寂しさを感じさせないのは調度品ひとつひとつが品のよい存在感をもっているからだろうか。 マリアンヌは実用性重視の人間だったから華やかさは欠いている。だがその分ぬくもりに溢れていて、ずっと居ても飽きない内装だと思った。 これはルルーシュの部屋だと、違和感なく納得できてしまうような。 マリアンヌが整えたルルーシュの部屋。それを守り続けたシャルル。 ナナリーの部屋はまだ確認していないが、おそらく同じように保たれているのだろう。 そっとピアノの縁をなぞる。 マリアンヌは本当に男勝りな少女で、詩集を眺めることよりも馬で駆けていることが多かった。そんなあいつもピアノの音だけは大好きだったらしく、 苦手だからと自分では滅多に弾かなかったくせに、シャルルにはよくせがんでいた。ルルーシュが生まれたときは「この子に毎日弾いてもらおうかしら」と 笑っていた。おそらくシャルルも知らない、マリアンヌの我儘だ。 ・・・・・私は少し間違っていたのだろうか。 あのふたりは自分が好きなだけだと思っていた。確かにそれも事実だろうが、しかしそれだけではなかったのかもしれない。 シャルルとマリアンヌは、互いを必要としていた。 確かにルルーシュとナナリーのことを愛していた。 そしてきっと、人という存在が好きだった。 ラグナレクの接続とは個の破壊であり、時空を超えた他者との交わりでもある。つまり自分と他人との境がない状態になるというで、考えていることが 相手にすべて伝わってしまったり、逆に相手の考えがすべて分かってしまうということだ。シャルルとマリアンヌはそれを解っていて、それでも見ず知らずの 他人すら受け入れることができたのだろう。 私は、耐えられない。 魔女だと言われ、魔女だと自負して生きてきた数百年の間に私は世界から何度も裏切られてきた。だから私は人間らしさを棄て、見せかけの強さを全身に纏い、 秘匿を重ねてきたというのに。そんな私が、今更すべてを曝け出すなど・・・。 (・・・ルルーシュとさえ正面から向き合っていない私が・・) ゆっくりと室内を回遊してから、私は寝室の扉まで戻ってきた。 そっと部屋の奥を窺う。 ベッドの上の黒いシルエットが規則正しく上下に動いている。回数の少ない穏やかなそれはベッドの中身の状態を声高に示しているようなものだ。 それを確認してから、ようやく私は近くに寄った。 ベッドに腰を降ろしても塊が身じろぎひとつしなかったことに安心するのと同時に、不安も広がる。なんという矛盾だろうか。 懐かしくもあり忌々しくもあるだろう部屋に入ったと思ったら、ルルーシュは早くも寝てしまった。 疲れていたことは知っている。精神的にも身体的にも限界だったことも分かっている。 それでも私は心のどこかで恐れていたのだ、真実を隠してきたことをルルーシュが責めるのではないかと。それこそ真綿で首を締めるように、しかし確実な方法で。 つい身構えてしまったのは、これまでの契約者にそういう者が多かったからかもしれない。だがそれを受け止めることもギアスを渡した私の役目なのだと 考えて、その度に心が軋んで悲鳴を上げても、さらに秘匿を強めることに繋がっても、ただ耐えることの方が多かった。 だからこそルルーシュがあっさりと寝てしまったことに対して、正直なことろ私はどう行動してよいものかと途方に暮れているのだ。 責められるときに向けられるのは怒りや失望などと大方決まっているから対処に慣れていたということもある。 しかしルルーシュは私を責めず、明確な感情をぶつけてこなかった。だから私はルルーシュの心が読めなくて、不安になる。 これからどう接していくべきか、迷ってしまうのだ。 (相手がお前では、いまさら接し方なんて変えられないとも思うがな・・) 上掛けに半分隠れた後ろ頭。その黒髪を梳きたい衝動に駆られたが、行動には移せなかった。 この部屋を見て私がいろいろと思うことがあったように、ルルーシュもまた何かを感じたのだろうか。今の私ではそれすらも知り得ない。 永遠の刻を生きる魔女たる私は後悔など許されていないが、ルルーシュも後悔していなければよいと身勝手にも思うだけなのだ。 しばらくの逡巡の末、私はそのままベッドに身体を預けた。 身体は休息を欲しているにも関わらず、背後の気配にばかり意識が向いてしまう所為で眠ることができなくて。 こんな無様な姿、ルルーシュだけには絶対に知られたくないと・・なぜか強く思ってしまった。 2008/10/10 up |