今こそ、軌跡を紡ぐとき

act.3 High Risk, Low Return



 ルルーシュと枢木スザクは体面的にも敵同士であったから、話し合う場所にすら窮していた。
 しかしシャルルが行方不明とあって、なかなかすごい数のブリタニア軍人が島全体を捜索し始めていたため神根島に留まることもできなくなった私たちは 密林に隠してあった蜃気楼とVTOLで脱出し、一路ブリタニア本国へ向かった。
 そして辿り着いたのがここ、アリエスの離宮だ。
 提案したのはルルーシュだった。ルルーシュにとって(実は私もなのだが)アリエスは少なからず勝手知ったる場所であること、 そして、保安システムの生体認証プログラムを書き換えてしまえば他者の干渉をほぼ確実に遮断できること。このふたつがアリエスを選んだ理由らしいのだが、 この特に後者は今の私たちにとって重要なもので、ほかに当てもなかった 枢木と私は反対する理由もなく神根島から強行軍で遠路遥々アリエスまでやって来た。そして唯一はじめから攻撃対象外のルルーシュがあっさりとプログラムを改竄して、 ここに私たちだけの城が完成した・・というわけだ。
 そこからルルーシュと枢木は身体を休める間もなく話し合いに夢中になり、今に至っている。


          許せないことはない。ただ、許したくないだけ。


 見るからに乗り気ではなかったというのに、これでもかというほどルルーシュを慕っていたあの少女が遺したという言葉を聞かされたルルーシュは 声を失くし、それからしばらくの瞑目の後にあいつは饒舌になった。言いたいことをすべて吐露するようになった。
 おかげで空気が凍りついたり険悪になったりと、傍から見ている者からすれば肝が冷える場面も多くて不安になりもしたが、それでも今のことろは 殴り合いまで発展していない。生命の奪い合いを繰り広げた過去を想えば充分すぎるほど穏やかな遣り取りの裏では、やはり 少女の遺した言葉が大きく働いているのだろう。
 私はただ黙って、ふたりの会話に耳を傾けていた。
 この部屋はアリエス宮の中でもサロンとして使われていた部屋で、暖かみのある内装を好んだマリアンヌの意向に反して非常に貴族趣味的な設えになっている。 椅子も座り心地より見た目の華やかさや繊細さに比重がおかれているため、ずっと腰掛けているには不向きだ。
 それでも私は、ずっと会話に耳を傾けていた。
 ふたりにとっては私がこの場に居る意味などないかもしれないが、私にはギアスを与えた者としてルルーシュの行く末を見極める必要があるから。 ・・・・・・いや、違うな・・・私がこれからどうするべきなのかを得るヒントにしたいと思ったからかもしれない。




「今日はもう休まないかい? 一度ひとりでよく考えてみたいんだ」
       ああ、そうだな・・」


 だが、さすがの枢木スザクも疲労の色を隠せなくなったころ、話は一区切りを迎えた。
 ルルーシュは困憊しているくせに瞳が放つ輝きだけは鋭くて、なかば強制的な会話の終了は枢木の配慮だったのかもしれないと思えるくらいに危うい状態だ。 それでも颯爽と立ち上がって先頭を行こうとするのは、ここが幼少時代を過ごしたアリエスだからなのだろう。
 私も倣って腰を上げると、身体中がぎしぎしと悲鳴を上げた。どうやら会話に耳を傾けるごとに身体を固くしていようで、当然の結果として筋肉が 収縮しきってしまったらしい。そんなところばかり人間らしさが残っていることに忌々しさを感じたが、仕方なくふたりの後を追う。ルルーシュは部屋を出たあと 一旦中央の大階段まで戻り、そこから2階へと向かった。
 この手の城がそうであるようにアリエス宮もまた、客を招く区画、主人が住まう区画、使用人が生活する区画、という具合に分かれている。 客間はエントランスホールにほど近い東にあり、主人・・つまりマリアンヌらの寝室があるプライベートスペースは城の一番奥である南側に位置していた。 ちなみに使用人たちの部屋があるのはあまり陽の当たらない北西で、そこには細かく仕切られた実に多くの部屋がある。が、しかし階段を上りきったルルーシュはさも当然のように プライベートスペースへと足を進めた。
 廊下一面に敷き詰められた群青色の絨毯は足の裏に心地よい感触を残す。
 角を幾つか曲がり、やがて見えてきたのは見知った部屋の扉だった。暖かな陽の光で満ちる、ルルーシュの部屋。『私とシャルルの子に顔も合わせて くれないの?』 と駄々を捏ねたマリアンヌに押されて、あいつが赤ん坊だったころに数回訪れたことがある部屋だ。
 その扉の手前まで来たところで、ルルーシュは足を止めてこちらを振り返った。
 ここより奥の部屋以外であれば、どの部屋を使っても構わない         それがルルーシュの出した条件で、枢木は短く了承の意を伝えると 踵を返して今来た道を戻ってしまった。ルルーシュは自分の所在を明らかにしておきたかっただけらしく、向かう先の大まかな位置すら言及せずに去った騎士服の白が 闇に溶けていくのを無言で見届けている。
 私は、早く横になりたかった。これでも一応疲れているのだ。だから枢木を見送る気など更々なく、私は私で活動を再開した。
 向かおうと思ったのは私が以前アリエスで使っていた部屋だ。北に位置するその部屋はどちらかといえば使用人たちの部屋と同じ区画にあり、契約した仲なのだからと マリアンヌからは何度も部屋を移るよう勧められていたのだが、程よい狭さと使用人口の使い勝手の良さから私はその部屋を気に入っていた。 そして使用人たちの部屋が集まる区画に行くには、今来た道を戻るよりもすぐそこの角の突当たりにある階段を降りる方が早いことを私は知っている。 だから枢木とは反対の方向に足を向けて一歩を踏み出した、そのときだった。
 背後から右腕を掴まれて、私は不覚にもよろめいてしまった。
 すぐさま肩を支えてきた、大きな手。手袋越しではないそれは少し熱を帯びていて、何故か鼓動が跳ね上がる。


「・・・・・・・なんだ・・?」


 威嚇の声を上げたのはいいが、無理矢理出したそれは少し擦れていた。
 しかし背後の男は特に気にした気配も感じさせず、それどころか平然と返してくる。


「お前こそどうした? 一体どこに行くつもりだ?」
「私、は・・・」
「今更だろ」


 鼻で笑った声とともに肩を支えていた手が離れ、次いで聞こえたのは扉を開ける音だ。あたりが静まりかえっているためか、やけに大きく響いている。
 ルルーシュの言ったとおり、別の部屋で夜を過ごそうとするなんて今更のことだった。アッシュフォードでも斑鳩でも、当然のように同じ部屋で生活していたのだから。
          なのに、今、ものすごく抵抗を感じているのは何故なのだろうか・・?


 耐えきれずに手を振り切ろうとした瞬間、拘束は逆に強さを増す。


「・・っ、       ・・!」


 熱い。ルルーシュに掴まれている上腕がひどく熱い      そんなことに意識を取られていたからなのだろう。ふわりと空気が動いたと感じた時には、 部屋の内側に引きずり込まれていた。
 目の前で重たく閉じられた扉。
 横から伸びてきた手が繊細な手付きで鍵を掛けるところまで見届けてしまった後で、我に返った。これから長い夜が始まるのだろうかと考えると、眩暈が全身を襲う。




 贖いの刻は、訪れた。












2008/ 9/27 up