今こそ、軌跡を紡ぐとき

act.2 絡めとられた糸の先



 もしも視線に物理的な殺傷力があるのなら、私は二度と蘇ることなく永遠の眠りにつけたかもしれない。そんな戯言が頭の隅を過ぎるくらい、 ルルーシュの眼は厳しかった。
 怒気を孕んだそれは私へと一心に降り注ぐ。
 そんな中で差し伸べられた男の手に、なかなか自分の手を重ねることができなかった。
 恐怖は感じていない。けれど、躊躇いを覚える。枢木スザクとは手を重ねたままであるのにルルーシュとは眼すら一瞬しか合わせられない自分をひどく不自然に感じた。 こんな態度は、私らしくない。
 しかし、ルルーシュがシャルルどころかマリアンヌまで否定したことに、私は確かに動揺しているのだ。
 高みの見物をしていたのは、私も同じだから。
 真実をすべてルルーシュに話していれば、こんな結末は訪れなかったと確信しているから。
 それでも私は         それを悔いてはいないから。


 それなのに紫の双眸を正面から見つめ返すことができないのは、何故なんだろうな?


「C.C.・・・」


 だが、二度も名前を呼ばれてしまっては、さすがに無視を続けるわけにもいかなくなる。
 だから、軽く手に触れた。事を為すのに必要なのは表皮の接触だ。それだけで相手に干渉できる、コードの力。細胞ひとつひとつに潜む、無意識との融合。
 そして、扉を闢ける。
 いくつもの意識と無意識に触れながら、現実世界への帰路についた。 ルルーシュに戻る方法など伝えた覚えがないと気付いたのは、その段になってからのことだ。・・・だがまぁ賢いあいつのことだから、手を繋いだままの 私と枢木スザクを見て得心していたのかもしれない。         そんなことばかり考えていた所為か意識がつい左手に集中してしまって、 危うく道に迷ってしまうところだった。
 ・・・・・・・もしそうなればルルーシュも枢木スザクもCの世界で迷子決定だ。それだけは何としても避けなければならない。 でなければ、あのときコードを封印した意味がなくなる。


(ルルーシュ・・)


 お前には、生きていてほしかったから。




 シャルルたちが望む世界を実現するためには私のコードが必要なのだと知ったとき、私にはふたつの選択肢があった。
 協力か、拒絶か。
 協力すれば、すんなりと私の願いも叶うだろう。そんな誘惑に惹かれたこともあった。
 けれど、ルルーシュはいつだって生きるために、ナナリーを守るために必死で。だからこそ、ギアスが熟するまで待ってみようと思った。 ルルーシュならば限りない生を持て余すことなく生きてくれるだろうと思えたから。
 ・・・・・・・・なのに。死があるからこそ人の生命はまばゆいほどに輝くのだと、他でもないルルーシュに教えられたから。だから結局ルルーシュにコードを渡すこともできなくなってしまった。 そして、シャルルにも。
 シャルルの望んだ世界は止まった世界だ。
 嘘がない代わりに生きる理由も失くす、淀んだ世界。そんな世界で人は、ルルーシュは、私が惹かれた輝きを放って生きることができるのだろうか?          そんなことが頭の隅を過った瞬間、私はシャルルを突き飛ばしていた。
 ルルーシュを憐れんだわけじゃない。本当の意味で生きていてほしいと思ったのは私のエゴだ。


 だから私は、コードを封印した。


 コードもろとも私の意識まで深層のさらに奥にある記憶の世界に封じたのは、シャルルの干渉を避けるためだ。代わりに表層へと上がった私はギアスすら知らないから、 安易に籠絡されることもないと私は考えた。しかし、封印といえば聞こえはいいが、つまりは見つけ難くしただけのことで、コードが消滅したわけではない。 だから肉体は朽ちない身体のままであるし、おまけに呆気なくマリアンヌに見つかってしまった。幾度か試してみた『死ぬ方法』をマリアンヌに語ったのは 失敗だったかと、今になって改めて考える。
          そのマリアンヌも、シャルルと共に消えてしまったけれど。
 ルルーシュはシャルルに打ち勝った。コードではなくギアスの・・・いや、意志の力で。
 コードを完全に消し去ることができるのなら、私のコードをシャルルに渡していても問題はなかったかもしれないと無責任なことを考えたりもする。が、 コードがなければ現実世界に戻る術がないルルーシュと枢木が路頭に迷うのは確実なのだから、今だけは我慢してやろうという気にもなった。
 どのみち、考えても仕方のないことだ。


 飽きるほど長く、瞬きするよりも短い回遊の果てに、私たちは現実世界へと還ってきた。
 神根島の遺跡。
 アーカーシャの剣が発現した影響でこちらの世界も揺れたのだろう、ルルーシュが扉を徹底的に破壊した後マリアンヌと共に踏み入ったとき以上に周りが崩れているし、 埃っぽい。
 停滞している空気に思わず眉を顰める。その所為で少し狭まった視界の端に、砂礫を被った黄色い物体が見えた。・・・・チーズくんだ。
 マリアンヌが仮宿としていた少女はチーズくんを枕にしていたというのに、どうやらその恩も忘れてさっさと逃げてしまったらしい。 さすがはマリアンヌの仮宿だ・・などと感心半分、呆れ半分を胸に抱きながらチーズくんの救出に向かおうとして        足が止まった。
 違和感なく両手を離したはずなのに、とつぜん左手を握りこまれたからだ。
 力は決して強くない。なのに、一瞬で相手が変わるはずがないから今度も当然ルルーシュなのだろうと考えると、 頭の中が真っ白になる。
 “          逃げるなよ・・” と、耳のあたりで吹き込まれた低音に肌が粟立った。


「っ、・・・・」


 するりと手の拘束が解かれたのをいいことに、平静を装ってチーズくんを取りに行く。
 やわらかい胴体を持ち上げると、ぱらぱらと音を立てて砂が零れ落ちた。丁寧に払って、腕に抱く。その馴染んだ感触にひどく安堵した・・・・・筈、なのに・・・


(別に、逃げてなどいないだろう・・)




 左手にしつこく残るルルーシュの感触に、なぜか私の心は大きく揺れていた。












2008/ 9/25 up