今こそ、軌跡を紡ぐとき act.1 やわらかな体温 ギラギラとした攻撃性の高い憎しみの眼はそのままに、しかしスザクは構えを解いた。 薄っぺらい虚構の天幕が剥げた思考エレベータ。その中心に位置する平坦な足場から、ざり・・と石を踏みしめる音が響く。 ここで殺されてやるつもりは皆無だったが、内包する怒りの終着点を見出す前に収められた剣には少なからず疑問が湧いた。なぜなら、ユフィの仇である俺を 討つことこそがスザクのすべてだった筈なのだから。この瞬間に俺の首が血潮を噴いていても不思議はなかったのだ。 しかし、スザクは言った。 眼を逸らすことなく、感情に溺れた罵声でもなく、確かに。 正直、反応に困った。 枢木スザクという人間を鑑みれば、その言葉に裏はないものだと考えられる。しかし同時に、騙し騙され、裏切りが横行していた関係にあるのだ、この元親友とは。 だから、求めるがままの明日を語ることはできても、所詮は主観にまみれた過去を話す気は一切なかった。自分を擁護するだけに終わると、解っていたから。 だからスザクの言に肯定を返すことも否定を返すこともできないまま、俺はスザクを睨み返していた。 なのに・・・・・ 「場所を変えよう。 この場に居るもうひとつの存在の名を出された瞬間に、俺の意識は眼前の展開へ移行した。 それまで一瞬たりともこちらから視線を外さなかったスザクは剣を収め、そのままの自然な流れでC.C.に手を差し伸べる。緩く膝を折っているのはC.C.がしゃがみ込んで いるからだろう。 しかしスザクの行動よりも、C.C.がその手を迷うことなく取ったことに俺は衝撃を受けた。 これまで直接的な面識は無に等しいはずだが、相手の存在だけは聞き及んでいる・・その程度の繋がりしかないはずのスザクとC.C.が、なぜ手を取り合っているのか。 ここから脱出するにはC.C.の力に頼るほかに方法はない。それは解る。理解はできる。 だがそれでも、ざわりざわりと胸の内がうねった。 手を取ってC.C.を引き起こしたスザクに、 しかも握ったままの手を離すことなく、ふたりはそのままの距離を保っている。 さすがにそこまでされれば察しはついた。現実世界に還るためには、おそらくシステムの一部として組み込まれているC.C.に触れている必要があるのだ。 しかし、冷えた思考とは次元を異にして、熱を帯びてゆく感情がある。 C.C.は俺を・・・求めない。 睨んでいると俺が明確に自覚できるほど凝視しているというのに、一瞥すら寄越さないとはどういうつもりなのだろうか、この女は。 心なしか俯き、スザクの足元あたりに視線を注ぐC.C.を見ているほどに、激しい怒りが身を焼く。 スザクとの遣り取りで一度は沈下した、C.C.への怒り。 それは死を渇望し続ける女への怒りだ。 死ぬときくらいは笑ってほしいんだろ、とは一体どういうことだ。死ぬときだけ笑うことができれば満足なのか? そうじゃないだろ? 充足した生があればこそ 笑顔で死を迎えられる。だからお前は皇帝にコードを渡しかけたとき苦渋に歪んだ貌しかできなかったんじゃないのか? だったら今を生きろ。 笑って死ぬとか、今から考えるな。そもそも重要なのはそこじゃないだろ? いつも俺の言動の裏を見透かしていたお前が、なぜ気付かない・・? 笑わせてやるから、ずっと俺の傍に居ろ、と。 羞恥など二の次で叫んでやったのに、C.C.・・・お前はなぜ、気付かない? 「・・・・・・・・・・・・・・・・C.C.」 心臓が焦げ付くような、それでいて胃が溶け出すような苦痛に焦れた声色は、やはり冷静とは言い難かった。そんなことだけを冷静に分析している自分が滑稽で、 思わず歪みそうになった口端を諫め、歯を食いしばる。 「・・・・・」 それでも俺は、少なくとも俺は明日に向かって進まなければならないから。 だから・・・・・立ちつくしているC.C.の傍に寄り、右手を突き出した。 スザクの手を取ってすぐに行動を起こさなかったということは、ひとりずつでないと現実世界に戻せないというわけでもないのだろう。だから、手を突き出した。 逃げるな、という意味も込めて。 一瞬だけ眼が合う。しかし反射的に逸らされたそれは、なぜか俺の肩のあたりで静止した。 意味不明だ。相変わらず考えていることが読めない。 「C.C.・・・」 お前はまた俺を置いて、逃げる気か? 再三の呼びかけに、C.C.は眉根を寄せて固く目を瞑った。それからゆるゆると持ち上げられた瞼の下の、琥珀色の瞳はいつもの無味乾燥な透明さを取り戻していて、 俺は内心で舌を巻く。 秘匿はこの女最大の武器だ。 不老不死であることよりも、ギアスが利かないことよりも、遥かに。 心の奥底で何かを殺したC.C.は、しかし不意に手を重ねてきた。次の瞬間には風など吹きようがない空間であるにも関わらず女の長い髪がふわりと舞い、重たく 揃えられた前髪の下から妖しく輝く深紅の紋章が露わになる。 あぁ、戻るんだな・・と、心のどこかで微かに思った。 それよりも心の大半を占めているのは、右手で触れている女の掌。 あまりにも突然の行動に咄嗟の反応もできず、握るでもなければ繋ぐでもない手は触れていると表現したほうが適切なくらい素気なく重ねられているだけだ。 ・・・・・それでも、掌で感じる女の手は小さく、華奢で、 ( 胸の奥が締め付けられるくらい、やわらかな体温を宿していた。 2008/ 9/23 up |