離れていても




 疲労困憊した身体は予想よりもはるかに深くソファーに沈んでいた。
 咲世子が組んだスケジュールはルルーシュにこなせるものではなかったのだ。あのときミレイによるイベント発表がなかったら、どうなっていたことか。 非常に迷惑なイベントだが、その後のデートから解放されたことに関してだけは評価してもいい。そう思ってしまうくらい、ルルーシュは疲れていた。
 ベッドに掛けていると思わず横になってしまいそうになる。いや、ソファーで寝てしまえなくもないのだが、やはり眠るのであればベッドが最適であると ルルーシュは思っていた。だからルルーシュはあえてソファーに居座り続けている。


        もうすぐ定時連絡がくるのだ。以前、この部屋で寝起きしていた女からの。


 連絡を入れろと命じたからには、起きていなければならなかった。しかし身体は疲れを訴えていて、瞼はずるずると下がっていく。 脳内では複雑に思考が絡み合い、心臓のあたりでは妙なざわつきが絶えないというのに、それでも身体は休息を欲していた。
 しかし・・・・・・・・


 ヴー、ヴー        ・・


 しんと静まり返った室内に鳴り響いたのは、馴染みの音だ。
 ほんの数瞬前まで気乗りしなかったはずなのに、ルルーシュはすばやく通話ボタンを押す。


     私だ』


 第一声は少し間を置いて発せられた。
 その、変わることのない澄んだ声に。


「状況はどうだ?」


 なぜか、ひどく安心した。


『位置が特定できていれば、すでに連絡を入れている。分かりきったことを訊くな』


 たとえそれが、どんなに癪に障る物言いだとしても。


「・・・定時連絡はブリタニアから狙われている魔女の状況確認も兼ねているんだ」


 矛盾する感情を持て余して、ルルーシュは眉根を寄せた。一方、C.C.からは意外にも『そうだったな』と肯定が返る。 声が微かに震えているから、おそらく笑っているのだろう。
 知らないうちに、深い溜息が零れた。


『・・・ルルーシュ?』


 溜息自体は決して珍しいことではないのに、しかし、機械越しの声が微妙に雰囲気を変える。


『相当疲れているな。どうせまた失態ばかりしているんだろう?』


 それはまるで幼子をあやすような、優しい響きだった。聞いた瞬間に、ルルーシュの感情は大きくうねる。 “ お前さえいれば・・! ”        そう叫びそうになって、ふと我に返った。
 心の中で反芻して、愕然とする。


(C.C.さえ、いれば・・・・・?)


 どうなっていたというのだろうか。
 確かにC.C.は洞察力に優れているが、自由奔放に動く女でもある。絶対的な生命危機のときには身を呈してルルーシュを庇うというのに、それ以外のときは 慣れ合いが一切ない共犯者としての立場を貫くのだ。C.C.があの状況で助力してくれた可能性はとても低い、と、今さらながら思い至った。


『図星か? これだからお前は・・』
「うるさい。お前の方こそ嚮団の位置を特定できていないんだろ。偉そうな口を叩くな」
『ふん。お前の頼みで動いてやってるんだ、文句をつけるな』
「・・・・・・まぁいい。引き続き捜索を頼む。くれぐれもブリタニア軍の動きには気をつけろよ」
『云われるまでもない』


 ふてぶてしい返事だと、ルルーシュは心底そう思った。
 どこまでも共犯者にさえ頼ろうとしない。C.C.とはそういう女だ。一方のルルーシュは、C.C.に協力を乞うこともある。より確実な結果を得るために。
 この両者の行動理念の差は大きかった。
 ルルーシュ個人の問題にC.C.を巻き込むのは甘えや依存に等しいというのに、ルルーシュはそれを犯しかけたのだ。 無意識の思考であったからこそ浮き彫りになる問題に、繰り返すかもしれない可能性に、己自身への怒りが募る。握力を込め過ぎたせいで、携帯電話が悲鳴を上げた。


(俺は・・・・・)


 二、三ほど言葉を交わして、電話を切った。話声が絶えた部屋は、再び静寂に包まれる。
 しかし、ルルーシュの激情はいまだ治まる気配を見せていない。
 己の力でこの状況を脱してみせる、と、固く誓う。ただそれだけのはずなのに、胸に残るひやりとした感覚が離れない。 先ほどまでルルーシュに纏わりついていた眠気は、嘘のように消えてしまった。




 時刻はもうすぐ、午前1時。












TURN12より


イベント当初のルルのやる気全開さには、こんな理由もあるのではないか、と。
ふたりは絶対に定時連絡してると思うのです。




2008/ 7/ 5 up