永劫回帰・後 「・・・・・本当によかったのか?」 世界を包み込む蒼穹の下で、大きく枝葉を広げる一本の樹。農道の側らに育ったその樹はめずらしく客人を迎えていた。 カントリー風の愛らしい服の、スカートの裾がそよ風に誘われてふわりふわりと踊っている。 人目を惹く拘束衣の代わりに纏うようになった服は、過去にばかり囚われないと決めたC.C.の心境を物語っていた。それでもスカートの一部やブラウスに白を 取り入れているのは、デザイン面の問題だけでなく、男がC.C.に贈った『白い雪は綺麗だと思う』という言葉が少なからず影響しているのだろう。 しかし、その白い生地も今は、光と影が織りなす複雑なマーブル模様を浮き彫りにする一番の映写幕と化していた。 今日もずいぶんと日差しが強い。 世界の理とは別の次元で生きるC.C.の肌が日に焼けることはないが、暑さは人並みに感じるのだ。 だから木陰は心地よくて、思わず頬が緩む。 荷馬車の上でのんびりと揺られていただけだというのに、「少し休みたい」と言い出したのはC.C.の方だった。明るいうちに向こうの山の麓まで 歩を進めたかった御者は相当難色を示したが、それでもこの樹を見つけると馬を止めてくれた。しかも、目一杯積まれた藁の上から飛び降りようとしたC.C.を 制したうえに、彼女の細い腰を抱いてゆっくりと御者台へ降ろしたのだから驚きだ。・・・・いや、他人に対する細やかな気遣いに欠いた男ではないのだが、 その対象にC.C.が含まれていた例がなかったために驚きが大きくなっただけである。 人の本質はそう劇的に変わるものではない。しかし、些細なことをきっかけにして世界は変わり、そして人も少しずつ成長していく。 それはC.C.がつい最近気付かされたことだった。魔女の最後の契約者である魔王によって、気付かされたことだった。 だからこそ彼の死を惜しむ気持ちもC.C.の中にはある。彼ほど世界中の関心を集めることに長け、世界を導く力と意志を持ちあわせた人間は存在しなかった。 なにせ数百年前から歩みを止めた魔女の背を押し、前に進み出させたくらいなのだ、世界に影響を与えないでいられる方が不思議だろう。 だからC.C.は“本当によかったのか”と、どうしても思ってしまう。 繊細なくせに強靭な精神を有する魔王は、きっと一蹴してしまうけれど。 もちろん、我が身かわいさに半端な形で逃げ出す指導者ほど無様なものはないとC.C.もよく理解している。事を大きくすればするほど、他人を巻き込めば巻き込むほど、 屈した指導者に対して世界は厳しくなるのだ。それに、もしルルーシュが生き残れば魔王の処分を巡って世界はいくつかに割れていただろう。 だからルルーシュは最後まで悪を貫き通し、だれの眼から見ても疑いの余地がない『壮絶な死』を遂げることによって世界から選択の権利を奪ったのである。 結果、彼の思惑は見事成功した。 今、世界は確実に平和や救済へと意識を向けている。抉られた傷は深く、膿むこともあるだろう。それでも世界はやさしくなる予感に満ちているのだ。 それはC.C.も肌で感じていた。 ただ、世界が生まれ変わったあの瞬間。ほんの一握りだったけれど、仮面の奥に隠した真の意図を、願いを理解してしまった人がいたから。 彼のために涙した人がいたことをC.C.は知っているから。 「・・・ナナリーにだけは・・」 その一握りの中でも特に特別な存在だった彼女には嘘を曝け出してもよいのではないかとC.C.は考えているのだ。 しかし・・・・・ 「お前もナナリーにだけは甘いんだな」 逆に感心したように呟かれてしまい、C.C.は言葉に詰まってしまった。 スカートが汚れないようにと敷いた布の上に座っているC.C.とは違って直接大地に腰を降ろしている御者は、木陰ということもあってさすがに帽子を外している。 風に揺れたのはさらりとした黒髪。その合間から覗く双眸は至上の紫。 彼は 「何度同じ問答をすれば気が済むんだ、お前は。逢うつもりはないと言っているだろ?」 「・・・逢えるのはナナリーが生きている今だけなんだぞ?」 「解っているさ。だが、悪逆皇帝の魔王ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは討たれ、ルルーシュ・ランペルージは失踪し、ゼロは第二次東京決戦の負傷が原因で 死亡した。ペルソナをすべて破壊した俺はもうナナリーと人の世界で逢うべきじゃないんだ。だから一切の干渉をしない」 そして静かに、はっきりと否定する。 悠久の刻を生きるということはそれだけ痛みと絶望を重ねるということであり、それをすべて受け入れることがルルーシュの罰だった。 終焉を望んだ魔女を知っているが故に選択し得た、真の罰であるはずだった。 しかし現実として、波乱に満ちた18年の人生がまるで偽りであったかのように穏やかすぎる不老不死生活を送っている。 これを罰とは言わない、とルルーシュが何度も悩んだくらいには。 ずっと独りだったC.C.とは違い、不老不死となったルルーシュの傍らには馴染んだ存在が居る。すべてはそれに尽きるのだろう。 それでもルルーシュはC.C.と決別しようとは考えていない。 C.C.とは『約束』があるから。 そして、世界に干渉することを互いに牽制できるから。 ゼロレクイエムとともに完遂されるコード継承。その後、近しい者とは二度と逢わないことをルルーシュは初めから決めていた。 C.C.は逢うよう促してくるが、そのたびにルルーシュの決意は固くなる。意地になっているわけでも、見栄を張っているわけでもない。 ナナリーを、変わっていく世界を、ルルーシュは信じているから。 「俺が消えたことで、ナナリーはもっと強くなった。それを無駄にするわけにはいかない」 そして、ルルーシュは気付いている。 C.C.自身は気付いていないのかもしれないが、ルルーシュが揺るがない決意を示すたびにC.C.は寂しそうな貌で、ひどく安堵した笑みを浮かべるのだ。 「それに、ナナリーにはスザクがいるからな」 「・・・・・スザクではなくゼロ・・だろう?」 「いいや、スザクだ。何百年も人の性を見つめてきたお前なら解ると思うが、人というのは幸せを求める生き物なんだよ。だから・・・」 死を望んでいたスザクへの罰として、ルルーシュはスザクに生きることを強いた。しかし、確かに二度と枢木スザクとして生きることはなくても、 生命を刻んでいるのは間違いなくスザクなのだ。だからルルーシュの演じたゼロとはまったく異なるゼロになるだろう。そしてナナリーは仮面の下の素顔にこそ 信頼を寄せるに違いない。なぜなら彼女はとても聡く、とても優しいから。 そしていつか、スザクはスザクだけの、ナナリーはナナリーだけの幸せを手にするのだとルルーシュは信じている。 ルルーシュの遺したギアスに苛まれる日々が続いたとしても、ルルーシュの居ないところで、いつの日か、必ず。 だからルルーシュは逢わないと決めた。決めることができた。 なのに・・・・・ 「・・・だが、やはりいつか逢いに行こう。私がナナリーに逢いたいんだ」 「まさか 「ああ、いい言葉だ」 「まったく・・・・お前にとって有意な約束ばかりが増えていくな」 「私の方が一枚上手ということさ」 ルルーシュの隣で、C.C.が嬉しそうに笑った。その気配を感じながら、ルルーシュは世界に想いを馳せる。 己が吐き出した悪も、一身に受けた悪意も、奪った生命も、この先どれだけ生きようと忘れはしない。だが、その自責の念とは別に、 償いでも何でもなくこれからもずっとC.C.を笑わせたいと思うルルーシュがいるのだ。 それは戒めを破ることになるのだろうか 「それにしてもお前、そういう格好の方が似合うな」 ガラリと変わった声色に釣られて視線を巡らせると、C.C.が意地の悪そうな笑顔でルルーシュを見上げていた。 ほぼ無意識の条件反射でルルーシュの眉がぴくりと跳ねる。ついでに「どういう意味だ」と唸るような威嚇の声も発したが、しかしC.C.は動じることもなく楽しそうに続けた。 「ん? やはり地味でぱっとしない色の・・庶民の服が似合うと思ったんだよ」 「・・・だから」 「物足りないかもしれないが、きっとお前にはその方が合っている」 最後の最後に揶揄の色を払拭したC.C.は小さく断言し、休憩は終わりだと云わんばかりに腰を上げた。その瞬間、風が駆け抜ける。 ふわりと舞った萌黄色のやわらかな髪と、愛らしい服の裾。細められた琥珀の瞳。緩く曲線を描く桃色の唇。透けるように白い肌。ほのかに烟る桜色の頬。 ひどく穏やかな表情を浮かべるC.C.を見上げて、ルルーシュの思考はしばらく停止した。 それは確かに、“見惚れる”という言葉を感覚で理解した瞬間で。 「・・・・・・・お前も、今の方がいい」 ルルーシュの口から、自然と言葉が滑り落ちる。 「ん? なにか言ったか、ルルーシュ」 「だから・・拘束衣よりも・・・・・今の服がいいと言ったんだ」 きょとんとした貌でルルーシュの言を聴いていたC.C.は、しかしすぐに破顔した。 それがどこか魔女らしさを含んでいるのは、形にしなかったルルーシュの真意を充分理解して揶揄っている証拠だ。 「それは口説いているのか?」 「っ、ば・・・・そんなわけあるかっ!!」 「なんだ、残念」 意味深な言葉だけを残して、C.C.はさっさと馬車へ向かって歩き出した。 陽だまりの中を往く、うつくしい少女。その後ろ姿が楽しそうに見えるのはルルーシュの気のせいではないだろう。 いつでもどこまでもマイペースなC.C.に呆れの溜息をひとつだけ吐いて、ルルーシュもようやく腰を上げた。 そしてC.C.の後を追い、彼もまた陽だまりへと一歩を踏み出す。 「莫迦が・・」と小さく零れた呟きは、光色の空気にとけていった。
『永劫回帰・後』 罰とは、何か 2008/10/ 5 up |