永劫回帰・前 それは、約束の日の前夜のことであった。 世界がやさしいものになるよう、出来る限りの下準備を終えたルルーシュは部屋へと戻ってきた。 帝都ペンドラゴンはフレイアによって完全に消滅したため、皇帝直轄領である日本の行政システムを暫定的に活用している。 そのため非常に簡易的なものではあるが、皇宮も東京の租界内部に構えさせていた。 その中の、一室。皇帝の寝室であるにも関わらずあまり広くないその部屋は、悪を強調する目的以外の地位顕示を嫌ったルルーシュだからこその寝室である。 扉を開けても漏れてこない光に、ルルーシュはC.C.がすでに就寝したものだと考えた。だから音を立てずに扉の内側へ滑りこみ、明かりは敢えて点けなかった。 帽子と外套を脱ぎ、ベルトを外し、上着を脱ぐ。 正装に白を選んだのは、これを死装束にすると決めていたからだ。それでもゴテゴテと修飾のついた皇帝服という仮面を脱ぎ捨てると 肩が楽になる。ふとそんなことを思ったルルーシュは、実に苦い笑みを浮かべた。自分の意志で始めたことを後悔する気など、更々ないというのに。 しかし、着替えを済ませ、ベッドに寄る ぬいぐるみを抱えているのはいつものことだが、C.C.はベッドの上でちょこんと正座していた。いくら暗闇に目が慣れていない状況だったとはいえ、 ベッドの上に堂々と座り込んでいる女に気付かないのは異常だ。『まさか死を目前にして緊張でもしているのか・・?』とルルーシュは苦虫を噛み潰したような思いに 囚われ掛けたが、しかしC.C.の改まった態度の方がよほど気になってしまった。 思わず身体の動きを止めて、問いかける。 だが・・・・・ 「お 「話がある、ルルーシュ」 半分ぬいぐるみに埋めていた顔を起こして、C.C.はルルーシュの呼びかけを遮った。 正面から見据えてくる琥珀色の瞳は感情を読ませないというのに、どこか苦しそうな、哀しそうな貌。更なる違和感を募らせたルルーシュは、ベッドを軽く叩く C.C.の要求に従って腰を下ろした。ふたりの距離が縮まり、目線の高さがほぼ同じになる。 それからゆっくりと口を開いたC.C.は、唐突すぎる話題を持ち出した。 「コードの継承には、3つの条件がある」 「・・・・おい、いきなり何の話 「まず、コードを継承する者が一定以上のギアスを有していること」 ルルーシュは論理的思考を好む男である。だからC.C.が突然話し始めた内容もさることながら、その話を持ち出すに至った経緯を明らかにしておきたいと考えたのは 至極当然のことだろう。 しかし、C.C.はまたもやルルーシュの言葉を遮って話を続けた。ご丁寧に指まで折って。 C.C.が頑固であることを重々承知しているルルーシュは仕方なく口を閉ざしたが、彼の優秀な頭脳は明らかにされなかった経緯を幾通りも弾き出す。 それと同時に可能性の確率計算までやってのけたルルーシュは眉根に皺を刻んだ。 「そして、その者がコードの所有者を殺すこと」 確実に進んでいく話の中で、ルルーシュの胸のざわつきが強まる。 まさか今ここで『契約を果たせ』とでも言うのだろうか、と。 「その時点でコードは主のもとから剥がれ始め、新たな主を求める。元コード所有者は欠損部位の回復が困難になり、生死の境を彷徨う」 淡々と告げるC.C.はルルーシュから瞳を逸らさない。 そして、ゆっくりと3本目の指を折った。 「最後に 告げられた瞬間、ルルーシュは確かに息を呑んだ。依然として話の意図が明確になっていないが、それよりも目の前に突き付けられた内容に衝撃を受けたのである。 しかし、ここ最近の記憶に引っかかるものがあることも事実だった。 そう、あれは 「死、といっても本当に死が必要なのではない。致死量の血を流すとか、死に達するような身体破壊があればいいんだ。そこからコードが組み込まれ、 損傷の再生とともにコードと同化する・・つまり、不老不死になる。 「・・・あぁ、確かに」 それはあの記憶を見せられたときから、ルルーシュの中でずっと燻っていた疑問だった。 死にたいと願った先代C.C.が血に沈んでいたことは理解できる。なぜなら、彼女は死を迎えることができたのだから。 しかし、コードを押し付けられたC.C.まで血を流していた理由は解らず、どの予測も確証に達することがなかったのだ。 だからこそすぐにルルーシュの記憶に引っかかったわけなのだが、尋ねることを憚られていた疑問が今になって解消されるとは思っていなかった彼の心中は複雑なものになる。 「お前、シャルルがコードを使う前に一度あいつを殺さなかったか?」 「あ、あぁ・・死ぬようにギアスを掛けて」 「次代のコード継承が完了するまでは先代も死なないのが通例だ。そして私はV.V.の最期を看取った。ということは、シャルルのコード継承はその時点で完了したんだろうな」 「だからあいつは俺を挑発して・・」 ルルーシュの中で歯車がかちりと合い、真実が回り出す。 その様をじっと見つめていたC.C.は、しかし不意に顔を伏せた。ルルーシュからは小さな頭の曲線と、きれいな旋毛しか見えなくなる。 「・・・C.C.?」 「ルルーシュ・・・・本当にやるのか?」 「は?」 「お前は明日、本当にアレをやるのか?」 ぬいぐるみを抱くC.C.の腕が力を増す。しかし、声は今にも消え入りそうなほど弱々しかった。 だからルルーシュはすべてを 「っ、・・まさ、か・・・」 「・・・そうだ。お前の中に」 C.C.は逡巡したあと、静かにルルーシュを肯定した。 ルルーシュの中に眠るコードは間違いなくシャルルの、V系統のコードだ。しかし、なぜルルーシュにコードが移ってしまったのかはC.C.にも解らない。 シャルルを死に追いやったのは確かにルルーシュだが、しかし、シャルルはコードを有しながらCの世界へ取り込まれたはずなのだから。 納得のいく答を手にすることができずに、互いに言葉を失くす。だが、 広がれば広がるほど収集のつかなくなる沈黙にピリオドを打ったのはルルーシュの方だった。 胸を貫かれたとき、蘇生に要する時間は最短でどれくらいだ? と。 はっとルルーシュを見遣ったC.C.の瞳が捉えたのは、彼らしい至極真面目な貌をした男の姿だ。 「どうして・・・」 「ん? 民衆の目の前で生き返るわけにはいかないだろう? 実妹のナナリーにまで奇異の目が向いてしまうからな」 「・・っ、そうじゃない! お前、不老不死になると解っていて殺されるというのか?」 「スザクとの約束だ。世界のためにも、ゼロレクイエムは完遂しなければならない」 「だが・・・私にコードを渡してしまうという手もあるだろう?」 言葉にしてしまってから、C.C.は自分の失言に気が付いた。ぱっと口を噤むも、形にしてしまった言葉が無くなるわけではない。 感情的になっている心の弱さを、C.C.は内心で叱責する。 ルルーシュはその様子をじっと見つめていたが、やがて小さな溜息をひとつだけ吐いてC.C.の額にそっと触れた。 生の呪いが息衝く額は、彼女の感情に呼応して熱を募らせている。 「C.C.、お前は・・・それを望むのか?」 「・・・・・・訊くな」 「だったら道はひとつだけだ。俺は逃げたりしない」 ルルーシュの指がゆっくりと深紅の紋様を辿る。 まるで、愛しむかのように。 「いや、むしろ気は楽になった。死に恐怖は感じないが、スザクにすべてを押し付けて逝くのは卑怯だと自分でも思っていたところだ」 「しかし・・」 「スザクはもう個人として生きることはない。それはあいつを生かすために俺が植え付けたギアスだ。そして生命が終わるまでの、有限の罰でもある。 だから俺は・・俺自身は無限の罰を受けるさ。不老不死というのは高慢な魔女を涙させるほど苦しいものらしいからな」 コードの上を往き来していた繊細な指はいつからか、滑らかな頬に降りてきていた。 透明な雫を何度も何度もやさしく拭う。それでも際限なく溢れてくる涙に、ルルーシュは苦笑した。 そんな貌をさせたいわけじゃないんだ、と。 なんだか約束を反故にしている気分を存分に味わったルルーシュは、それでも決意の固さを示す。 「それに、俺が創った世界の行く末を俺が見届けるのは当然の義務だろう?」 それが、ルルーシュが新たに自分へと課した罰の形だった。 そのとき、C.C.はただずっと祈りを捧げていた。 神に、ではない。神が何たるかを知っているC.C.は神に祈ることをしない。 それでもC.C.は祈りを捧げていた。 敢えて云うならば、ルルーシュにだろうか。 初めて死ぬ瞬間。それはきっと物凄く痛い。C.C.自身がそうだった。世界でただひとり信じることができた人に裏切られた、あの瞬間が、一番・・・。 ルルーシュはどれだけの痛みを感じるのだろうか。 自らが望んだこととはいえ、親友に討たれるルルーシュは。 そして 「ルルーシュ・・・お前は、人々にギアスを掛けた代償として」 ぶつり、と。 C.C.の頭の奥底で何かが切れる音がした。 刻をほぼ同じくして、怒濤のような歓喜の声がC,C,の耳に届く。 それは確かに、ルルーシュが望んだ“やさしい世界”が産声を上げた瞬間だった。
『永劫回帰・前』 救いとは、何か 2008/10/ 1 up 2008/10/ 4 一部訂正 |