空は燃えるように赫かった。
 陽は丘の向こうに沈みかけ、黒に塗り潰された稜線がその存在を主張している。紅と黒のコントラスト。あたり一面は赤く染め上げられ、対と生じた影は触手を伸ばすようにじわりじわりと広がっていく。
 アキトの顔も赤く染まっていた。
 彼が無言で見つめる先も、また。
 アキトが立っているのは大破したヴェルキンゲトリクスの上だ。ひしゃげ、大小のパーツが散った機体はコックピットがむき出しになっている。
 だがそこに搭乗者の姿はない。
 衝撃で吹き飛ばされたのだろう、目的の男は黄金色のパーツに埋もれるようにして地に横たわっていた。外傷らしい外傷はない。男を見下ろしているアキトの方がよほど傷だらけで、生気のない貌をしている。
 安らかな死顔だとアキトは思った。
        死顔。
 そう、死んだのだ、兄は。
 止めを刺すために持っていた小太刀を落としそうになって、アキトは手に力を込めなおす。
 兄を殺すのは自分だと、再会したときから強く思っていた。しかし実際に兄の死を前にして、喜びや達成感など湧いてこない。あるのは虚無だけだ。

「・・・・・・・・」

 アキトは徐に小太刀を抜いた。そのまま刃を首に沿わせ、力を込めて引く。
 ざり、という鈍い音とともにアキトの身体から離れたのは、夕陽にも劣らぬ真っ赤な鮮血、ではなく、三つ編みに結われた長い後ろ髪だった。
 左手に握り締めたソレを掲げる。切り口側から緩み、すでに半分ほど解けかかっている黒髪。ほんの数秒前までアキトと繋がっていたとは思えないほど力なく身を折っている。
 しばらく眺めた後、アキトはその髪束を放った。
 宙を舞い、辿り着いた先はシンの隣だ。寄り添っているようにも、静かに手を繋いでいるようにも見える。アキトの髪       母が編んでくれた三つ編みは、シンが手に入れられなかったモノ。 それは憎み、殺してしまうほど愛していた『母』という存在そのものだ。


「・・・どうか、安らかに」


 どうしてこんな形で兄を弔おうと考えたのか、言葉で説明するのは難しい。しかしこれがアキトにできる精一杯であったことに相違はなかった。
 あちらの世界で母と再会したら、気が済むまで話をすればいいと思う。少しでも確執が和らげばいいと思う。
         『自分』がいないところで。


「ヒュウガ中尉ーッ!!」


 不意に届いた声。振り向けば、断末魔のような夕焼け色の中をよく見知った少女が駆けてくるのが見えた。
 綺麗な髪がくしゃくしゃに乱れるのも構わずに全力で駆ける、アキトの上官。
 そんなに走らずともアキトは消えないというのに、レイラはこんなときでもレイラだ。ほんの少しだけ唇を緩めたアキトは、ふと気付いてもう一度兄を見下ろした。
 何も云わず、ただアキトを凝視していた兄の魂はもう見えない。母の声も聞こえない。それどころかたくさんの生命が散った戦場に於いて、死者の姿や声がまったく認識できなくなっている。
 それは解放された証だった。
 アキトに掛けられたふたつの呪い。ひとつは兄からの死のギアス、そしてもうひとつは母からの執着だ。
 ひとり生き残ったアキトに対して、彼女はずっと囁き続けた。こんなに愛しているのに、と。貴方だけ幸せになるつもりなの、と。それに脅えたわけではないけれど、多少の後ろめたさを感じていたのも事実だった。
 だが、その声ももう聞こえない。
 アキトは特別ではなくなった。
 孤独に生き、死神に愛され、その気になれば世界を滅ぼす力を秘めていると信じていた以前の自分。あのころは力がすべてで、アキトを変えてしまう可能性があるものすべてを拒絶していたけれど。
 しかし特別でなくなった今、これでいいとさえ思えるのだから可笑しなものだ。
 それはまるで、悪夢から覚めたような。

 ヴェルキンゲトリクスの残骸から降り、歩き出す。
 一歩一歩が重く感じた。それはアキトが力を失ったからなのか、その意識の問題なのか、それとも連戦による単純な肉体疲労の所為なのか・・・・思うところはいろいろあるが、それを検証する気力も体力も残念ながら残っていない。
 それでも大切な人の方へ歩むのを止めたりはしない。
 アキトはもう二度と振り返らなかった。






『決別』


2014/ 2/11 up