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それは、次々と展開するサブモニターの情報を眼で拾えなくなってきた頃のことだった。 そもそもサブモニターなんかに意識を向けている場合ではない。 左右正面に開けたメインモニターに映る光景は、死へのカウントダウンが秒読みであることを嫌というほど伝えてくる。 敵軍と交戦し、爆炎と共に天へと還っていくユーロピア軍勢。敵軍に戦線を押されるというより、 圧倒的な戦力にすべてを薙ぎ払われていると表現するのが正しいだろう。ここを突破されれば領土を大幅に喪うことが確定するこの状況で、しかし敵機ひとつ討つどころかアキトに庇われてようやく生き残っている自分自身にレイラは怒りさえ覚えた。 近距離で戦っていたパンツァー・フンメルがまた一機、被弾して爆発する。 『司令』 急速に侵攻速度を上げたブリタニアに対抗するため、急遽編成された大連隊。ユーロピアの市民兵の質は世界でも最悪の部類に入るというのに、能無しの指揮官の突発的な命令で連携など 取れるはずもなく、挙句の果てに作戦参謀が敵に読み敗けて大連隊は壊滅の危機。そんな、ユーロピア市民が黙っていない絶望的な状況においても、彼の声は冷静な響きを失わない。 『司令、戦線を離脱してください』 「 それは意地ではなく、レイラの本心だ。 途中で逃げ出すくらいなら、初めから戦場になど立っていない。ワイバァン隊が、アレクサンダが一機でも多ければ戦況を覆せる可能性が高まるかもしれないと、そう期待しての出撃でもあった。 なのに。 『この戦況でユーロピアが勝てると、本当にお考えですか』 それなのに、いつだって彼は痛いところを衝く。 やはり一筋縄ではいかない。大学を飛び級で卒業し、軍学校でも優秀な成績を修めたこの中尉は、何の危機感も抱かず戦場にノコノコとやってきた市民兵とは根本的に違うのだ。 彼は解っている。ユーロピアの勝利は万が一もないと。 レイラだってもちろん解っている。だけどそれをあえてレイラに云わせようとするあたり、彼は本当に性質が悪い。 グリップを握る手に、自然と力が入る。 質問に答えないことは卑怯だと知りながら、レイラは沈黙を通した。 すると何を思ったのか、やはりどこまでも平静な声がレイラの鼓膜を再度揺さぶった。 『司令がいればwZERO部隊は再編できます』 それは違う。レイラは即座に否定した。 ナルヴァでアキトが生き残ってくれたからこそ存続できた隊なのだ、wZERO部隊は。 実動要員がいない部隊など、戦時下の軍にとっては無用の長物に過ぎない。アレクサンダの戦闘データのみ押収され、追加人員を待つことなく解隊させられていただろう。戦場に散った若き少年たちの想いに報いることさえできなかったに違いない。その危機を回避してくれたのは、他でも ないアキトだったというのに。 レイラは唇を噛む。 アキトも解って云っている。だからこれはレイラを下がらせるための甘言なのだ。後処理に使命感と情熱を持たせるくらいのことをしなければ素直に戦線から退かない性格であると、小生意気な部下に見透かされている。 でも、・・・いや、だからこそ悔しい。役に立たないとか足手纏いだと云われた方がまだ素直に云うことを聴けただろう。あんな、理屈っぽいのに宥めるような諭し方をされたら、余計に惨めではないか。 「貴方たちを、・・・貴方を、残していけません」 まだ戦っている者たちが居る。 リョウ、ユキヤ、アヤノ。あの3人だってまだこの戦場でアレクサンダを駆っている。今回も必ずみんなで生きて戻ろうと、レイラからの一方的なものだったけれど約束した。 そして、アキト。今尚レイラを庇うように戦っている彼。巨大な愛機を自らの手足のように容易く操る彼なら、守護対象がいなければ飛躍的に生存率が上がるに違いない。それでもレイラは離れたくなかった。離れてはいけないような気がしていた。 離れてしまったら最後、もう二度と逢えないような 『生きてください、司令』 その言葉はレイラを瞠目させるのに充分な力を持っていた。 死ね、と。人が変わったように叫ぶ彼から発せられたとは思えない言葉。それはレイラの無事を願う彼の想いに他ならなくて。 『司令。私はこんなところで死にません』 アキトが言葉を重ねる度にレイラは胸が苦しくなる。 どうして彼はレイラの思考を読んでしまうのだろう。 どうして先回りしてレイラの言葉を奪ってしまうのだろう。 どうして。 『だから、この戦いが終わったら・・・・・生きていきませんか ヒュッ、と。息を呑む音がアキトにも聞こえたのではないかと思う。それくらいレイラは動揺していた。 嘘。嘘吐き。まるきり空っぽになった頭の中で、非難の言葉がグルグルと渦を巻く。 アキトはいつだって生き急いでいるように見えた。今まで対峙した敵より戦闘能力が優れていたから事なきを得ていただけで、必要とあれば生命を顧みない闘い方だって平気でしてしまう無茶な人。だからこそ結末が目に見えている。 アキトは戦場に残り、そして二度と還っては来ないだろう。 特殊部隊であるにも関わらず軍上層部のゴリ押しによって一般の部隊と同様の作戦行動を強いられ、アレクサンダの特性を生かしきれない白兵戦をさせられて。 いつだって後始末を押し付けられるのはアキトだ。すべてはワイバァン隊をこの局面に立たせた、そして大連隊の参謀になる力もないレイラの責任なのに。 それなのに、今もレイラを生かすために、彼は嘘を吐く。 「・・っ」 気付けば、視界が歪んでいた。 目頭が熱い。 軍人として生きると決めた日から、何があっても前だけを見据えて生きてきた。涙を流す時間すら惜しく、いつだって気丈に振舞ってきた。 けれど今、大きな瞳から零れ落ちる涙が止まらない。 次第に霞んでいく思考の中で、その熱だけがレイラを現実に繋ぎ止めていた。
『涙』 2014/ 1/20 up |