15:終わらない日々










 雛森が昏睡していたときは、目を覚ましてほしいとだけ願った。
 想いの一方通行に免疫ができてしまった日番谷はただ、雛森が悪夢から目を覚まして笑ってくれればそれでいいと思っていたのだ。
 だが、いざ目が覚めた雛森を目にしたら、今度は心までほしいと日番谷は思った。
 藍染の救済を請う雛森には日番谷がよく知る陽の光りのような笑顔はない。利用され、支配され、挙句の果てに殺されかけた雛森に残るのは病んだ笑顔だけだ。 それでも藍染を助けてほしいと雛森は言う。それが本当に本心なのか、鏡花水月の残滓なのかは雛森自身にも分からないであろうが。
 藍染だけには雛森を渡せない・・・・いや、誰にも渡さない、と強く日番谷は思う。
 与り知らぬところで雛森が傷付くのはもう御免だった。






 日番谷は筆を置くと、そのままの体勢で制止した。
 よく知らない者が見たら、何か不備でもあるのだろうかと縮み上がるくらい厳しい目つきで手元の文書を睨みつける日番谷は、しかし文書に不備を見つけたわけではない。
 その文書が日番谷の中で蟠りつつある感情を波立たせるのに十分な効力を持っていた、それだけのことだ。
 

          六番隊副隊長・阿散井恋次および十三番隊所属・朽木ルキア両名による、井上織姫救出のための虚圏潜入。


 明らかな命令違反を知らせる書面を、日番谷は最大限まで眉間に皺を寄せながら見続ける。




 情に厚く、そして向こう見ずなところがある二人のことだ、山本総隊長からの厳重な処罰など物ともせず虚圏に向かったのだろう。
 その行動は正しいと断言はできないが、間違ってもいないと日番谷は思う。
 一時だが織姫の世話になった恩がある日番谷には、自らの意思で寝返ったと考えられない織姫を助けに行く理由がある。


 そして何より、藍染を討ちたい。


 殺す殺さないとか、日番谷にそこまでの力があるかどうかとか、そういう現実味を帯びたことまでは考えていないが、ただ漠然と、しかし全身が怒りで満ちるほど 強く『藍染を倒したい』と日番谷は思うのだ。


 しかし日番谷は怒りに燃える今この瞬間でさえも、隊舎の執務室にて書類に向かっている。
 藍染や仮面共を恐れているわけではない。
 ただ、帰還した際に、雛森を護り、支えられる位置を失くす可能性があることだけが日番谷の楔となっていた。
 虚圏に乗り込んで藍染を倒したとしても、総隊長の許可がない行動であれば咎が問われることは必至だ。もし十番隊の隊長職を解任されたら、副隊長職にある雛森を 助けていくことは難しくなる。
 最悪、尸魂界追放も可能性としてゼロではない状況の中で、日番谷は結局そ知らぬ顔をして書類に向かうしかなかった。
 仮面という敵ではなく、物理的な攻撃性のない紙キレを相手にしている自分が滑稽で、腹が立つ。
 友のため、と虚圏に向かった二人の方がよほど潔いと考えて、日番谷は眉根の皺を深めた。


 (もし仮面共に囚われたのが雛森だったら・・・・・・)


 考えるまでもなく、後先考えず絶対に虚圏に乗り込んでいた。そう結論に達した日番谷は、自分の中に潜む打算と狡猾さに吐き気を覚える。
 目の前の執務机に広がるのは、書類、書類、書類、そして硯と、筆。
 さして価値を見出せない紙の山を見つめながら、しかし仕事を再開するべく、日番谷は再び筆を取った。


         こんな気分のときは、何かに没頭していないと狂いそうになる。




 早く虚圏への出撃命令が下ればいいと、日番谷は切に願った。

















fin.

















2007/9/18 up