それは、仮面共の動向を探るため前世に派遣された2日後のことだ。
      俺は浮かれた松本の言葉に・・・・殺意すら覚えた。




「せっかくの現世駐在なんですから買い物行きましょうよ、買い物!私、現世の服の方が絶対似合うんですよねー。あ!それから皆へのお土産も買わなくちゃ。何がいいかしら・・・ 隊長は雛森に何買ってくんですか?」












  04:菫










 外はほどよく晴れているが、現在は井上織姫の家に待機中だ。
 微妙な味だったが昼飯も食ったし、鈍らねぇように少し刀でも揮ってくるかと思った矢先の言葉だった、あの耳を疑うような台詞は。
 ・・・・刀の修行をしに表へ出るならともかく、買い物だと!?不謹慎にもほどがあるぜ、松本。


「てめぇここに何しに来たんだ?」
「もちろん市街の見廻りを兼ねてのお出掛けですよ。あら、隊長行かないんですか?」


 上機嫌な笑顔の痴れ者は、俺が怒ると知りながらわざわざ確認する。
 鬱陶しいこと、この上ねえな。


「じゃ、私ひとりで行きますからね。雛森へのお土産は任せてください!」


 どんと擬態語が背後に見えるくらい松本は胸を張った。
 つーか今雛森は土産どころの話じゃねぇのに、何でこいつは普段どおりの揶揄を混ぜてんだよ・・。
 それが後輩に対する優しさなのか、俺に対する気遣いなのかは分からない。
 分からないが、現世に来てまで揶揄われるのは癪だ。かなり。
 どこぞの優等生宜しく宣誓して戸口に向かった松本は、しかし戸を閉める間際に振り向いて言うのだ。


「ほんとに一人で行っちゃいますよ?」


 なんだその『隊長一人だと迷子になりませんか』的な眼差しは!?
 確かに態は大きくないが(直接的な表現はさすがに遠慮しとく)、その辺歩いてるガキ共と一緒にすんじゃねぇよ、馬鹿野郎!


「だから何だ。俺は行かねぇぞ」


 冷たくあしらうと諦めたのか、松本は面白くなさそうに顔を歪めて扉の向こうへと消えた。




 さて、これからどうするかが問題だ。
 町の外れに出て氷輪丸の相手をするのが一番いいんだろうが、そうなると戸口を潜らなければならない。
 だが、玄関のすぐ横にはまだ松本が手薬煉ひいて待ってやがる。今出て行ったら、「なんだぁやっぱり隊長も行きたかったんじゃないですか!」と猫のように 摘み上げられて無理矢理買い物に付き合わされるのがオチだ。
 オラ松本!行くなら行くでさっさと行って来い!!
 仕方なく霊圧に怒りを混ぜて飛ばすが、あの副官が動じるはずがねぇ・・・こうなったら窓から脱出するか?と考えたところに、もう一人の住人・・もとい家主が のほほんと声を掛けてきた。
 存在すら忘れかけていたが       井上織姫だ。


「冬獅郎くんは彼女へのおみやげいいの?」
「あいつは大概なんでも喜ぶから     ・・・の前に、彼女はいない」


 あまりの唐突さに、問われたことの意味を深く考えずに返答してしまったが・・・・失言は即行訂正しておく。松本に知れたら延々と揶揄われるに違いないからな。
 恐らく松本が出した『雛森』の名に反応したんだろうが、あいつとは恋仲にない。
 だが納得がいかなかったんだろう井上はしぶとく食い下がってきやがった。少人数で尸魂界へ乗り込んでくる根性は伊達じゃないってことか。


「ふぅん。なら、冬獅郎くんの好きな子なんだ・・・・雛森、さん」
「・・・・・・・・・・」


 さも当たり前みたいにあっさり言われて反論の機会を逸した。
 妙な間が空いた分、今更否定しても白々しい。


「あ、照れてる?照れてる〜?冬獅郎くん可愛い〜」
「っ、・・可愛いはやめろ!」
「あははっ、恋をするとね、女の子も男の子もみ〜んな可愛くなるんだよ?」


 どういう理屈だ、それは。
 論点のずれた応答に調子が狂って、回答に窮する。
 ・・・怒るに怒れない。


「ねぇねぇ、雛森さんって、どんな子?」


 井上の顔には『興味津々』と馬鹿でかく書かれていて、心ん中が丸分かりっつうのもどうかと思う。
 まぁ雛森も似たようなもんだが。
 だが、嘘が吐けない・駆け引きに向かない性質に感化されて、俺まで普段じゃ考えられないくらい本音を漏らしちまうのも事実。


「どんな・・?」


 だから厭味や揶揄のない無邪気な問いかけに対して、クソ真面目に答えようとしちまうんだ。


「例えばほら・・・椅子取りゲームに絶対負けないとか、宇宙に行っても死にそうにないとか」


 いや、そこは一応死んどけ!
 じゃなくて、何なんだその突拍子もない、螺旋が三本抜けたような喩えは!!
 雛森も天然だが、酷さの次元が違うぞ!?


「悪いがその喩えには当てはまらん」


 松本なら該当しそうな気もするが。
 今ここで凄いのを副官にしてる事実に気付いてどうする、俺。


「もう少し身近な例を挙げてくれ」


 鬼道の理屈を説明するよりも雛森について話す方が難解だと思った。
 泣き言に聞こえるかもしれないが、聞かれたことへの肯否を考えるのが一番簡単な気がする。
 雛森は馬鹿で間抜でおっちょこちょいで泣き虫で鈍感でとろくて寝穢くてお人好しでよく転ぶしよく書類ぶち撒けるし甘えたがりな割りに年上風吹かすし酒に弱いが、 あいつと面識のない井上に全部話すのは躊躇われるからな、知りたいことだけ教えてやればいいだろう。
 これもあいつに恥をかかせないための、家族としての思いやりと惚れた弱みってやつだ。
 だから悠長に井上の問いを待っていたら、またしても肝を抜かれる言葉が降ってきやがった。


「じゃあ、乱菊さんみたいな人?」
「っ松本!?      冗談キツイぜ・・・」


 あんなやつと雛森が似てて堪るか!
 井上は「乱菊さん素敵な人なのに」と呟いているが・・・・なにか騙されてんじゃないだろうな。
 いや、確かに副官としては信頼できるやつだ、サボリ癖を除いては。
 見た目だって黙ってりゃ美人の部類に入るんだろう。
 だが、さすがに松本みたいだと形容するのは勘弁願う。
 雛森は、どっちかと言えば・・・


「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」
「え・・?しゃく・・・・・花?」
「んな形容とは無縁のガキだ」


 とでも答えておけばいいか?
 これでも譲歩した松本最大の長所と比較しての答えだったんだが、十中八九間違ったことは言ってないはずだ。


「うーん・・結局何のお花みたいなの?」


 は?
 ・・・・・・まさかさっきのが『美人』を形容する言い回しだと知らねぇのか?


「・・・何の花って・・」


 正直、困った。
 女を花に喩えたこともないし、んな小っ恥ずかしいこと考えたこともない。
 しかも、流魂街で育ててた食用・薬用・染料・飼料に使う花は名前と姿が一致するんだが、見かけだけが鮮やかな、馬鹿みてぇに値の張る観賞用の花は名前が分からなかった。


「・・・・・・・桃・・」


     ではないな。
 安直に名前から連想してみたが、雰囲気とは異なる。
 いや、あのどこか抜けた色合いの小花は雛森のへらへらした顔と重なるが、桃は木だ。
 雛森は木というより、風に煽られてゆらゆら揺れてる草花の方が似合うだろう。
 そうだな・・・蓮華草とか月草とか・・菫なんかがいいかしれない。
 あいつらは弱々しく見えるくせに、翌年にはしっかり再生してくる頼もしいやつらだ。
 そんなしなやかさと強かさを併せ持つところが、雛森にしっくりくると思う。


「菫みたいに、どこにでもあるちっこい草花」


 答えを出すのに時間が掛かっても井上は辛抱強く俺の返事を待っていた。
 こういうところも雛森と似てるのだ、井上は。


「そっかぁ」


 雛森さんって、すっごくすっごく可愛いんだね!と何故か嬉しそうに笑う井上に、俺は否定も肯定もなく苦笑した。
 確かにあいつは『可愛い』。
 だがあいつの『可愛い』は俗で言う『可愛い』じゃなくて、他にはない愛しさに昇華する『可愛い』だ。
      あぁ、会いたいな、と思うくらいの。






 懐かしい気持ちを纏ったまま閉じた瞼の向こうには、一番記憶に新しいはずの、狂気に駆られて刀を振るう泣き顔でも、 医療器具に埋もれながら昏睡する青白い顔でもなく・・・・・・幸せが花開いたように笑う雛森の顔が見えた。

















fin.

















2007/6/26 up